タイトルからもわかるとおり、江戸時代・市井に生きた職人たちの姿が、八つの短編を通して描かれている。
一椀の汁(包丁人・梅吉)
江戸鍛冶注文帳(道具鍛冶・定吉)
自鳴琴からくり人形(からくり師・庄助)
風の匂い(団扇師・安吉)
急須の源七(銀<しろがね>師・源七)
闇溜りの花(花火師・新吉)
亀に乗る(鼈甲師・文次)
装腰奇譚(根付師・月虫)
それぞれの仕事の技に命を懸ける職人の心意気と葛藤が心憎いまでに描写され、読んでいる側もハラハラし納得
しつつ、ときに泡立つような思いにもとらわれる。それは、多くは丁稚小僧からの厳しい修業を経て、己の前にあ
る職人仕事を極めるほどに生まれてくる陶酔感と、一線を踏み越えた先にある恐怖、それらがない交ぜになって匠
の世界に絡めとられていく人間の有り様が、読者を揺さぶる。
余談になるが、外来語を日本語に言い換える言葉の微妙な味わいも十分に感じ取ることが出来た。“自鳴琴”とは
オルゴールのこと、自ら音を奏でるのである。この作品には出てこないが、アコーディオンは“手風琴”と呼ばれて
いた。まさに、人が手で風を送り込んで鳴らす楽器である。
1つ1つの職人仕事が丹念に綴られて、日本の庶民が生活のなかで作り出してきた暮しの道具たちが、物語の背
景にすっくと立ち上がっている。その過程にある、親と子、師匠と弟子、男と女等など、さまざまな愛憎劇が、人
間の生きる喜びや哀しみを織り成して、時代を超えて読者に語りかけてくるだろう。