『うしろすがたが教えてくれた』
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清水玲子 (写真:川内松男) かもがわ出版(2020年) |
手に取ると、先ず表紙の帯に、『保育も子育ても思うようにいかないことだらけ。それでも
子どものために日々がんばっているあなたへ』とある。
保育研究者であり、母でもある著者からの連帯のエールであろう。
月刊誌「福祉の広場」に2001年から連載されたエッセイ、“育つ風景”を出発点として、
著者は折々の保育の現場に心を寄せ続けて来た。
本書は一冊めの「育つ風景」(かもがわ出版)「育ちあう風景」(ひとなる書房)に続く
三冊めとなる。
表紙の写真(靴箱に手を伸ばして、ぺたんと座りこんでいる幼い男の子)が、そのまま内
容の温かさに繋がっている。文中の処処に添えられている写真にも、読者は懐かしい思いを
重ねて、思わず見入ってしまうに違いない。
根底に流れているのは、著者の子どもたちと保育士へのゆるぎない信頼である。迷い、悩
み、逡巡しつつも、次の一歩に向かって顔を上げる。
さまざまな環境を背負って育つ子どもたち、その背後に垣間見える親たちのすがた、子ど
もたちを迎える保育現場の葛藤――。それら全てと真っ当に向き合う中で、著者自身の発見
があり、息の長い視点が確立されていったのではあるまいか。
“抱っこしてほしい子どもと出会い直す”という章では、ある勉強会で、二歳児クラスの
若い担任が、自分にだけ抱っこを求めてくるAくんに、どう対応したらよいかという悩みを
打ち明ける。さまざまな発言が出るなかで、保育経験の長い先輩から、<自分は思いきり抱
っこしてあげようとしている。そのほうが子どもは安心し自分から降りていくと思う>とい
う一言があった。悩んでいた彼女は、翌週思いきり抱っこをしたという。次の勉強会のとき
、抱っこされたAくんはそれ迄になくおだやかな口調でおしゃべりした後、二人でオオカミ
ごっこをして盛り上がり、そのときを境に抱っこをせがむことがなくなって、ほかの友だち
と遊びを楽しむようになったという報告があったという。
著者の“これだから勉強会はやめられない”という結びも素晴らしい。
後半の“学童保育のいま”、“新制度の『短時間』保育がもたらすもの”、“その街に保
育園があることの意味”、“保育士にならない決意”、“保育の現場ではほんとに人が足り
ません!”等々、現代の保育現場が直面している問題にも迫っている。政治や行政の都合で
皺寄せにさらされる状況が具体的に語られて心が寒くなる思いである。告発調でなく、淡々
と事実を示されることで、より実感を持って伝わってくるのだ。
終わり近く、自身の幼いころの思い出とからめて、子どもが育つことの意味に触れられて
いる。著者の思いの内にあるしみじみとした、自分の周辺への心配りとその立ち位置は現在
を生きる私たちにとって、大切な指針となるに違いない。
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