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お薦めの本  

『建具職人の千太郎』

岩崎京子 くもん出版(2009年)

 

江戸時代末期、七歳で建具屋に奉公することになった少年・千太郎が、苦しい修業のなかでさまざまな人と出会い、一歩ずつ職人に近づいていく成長物語である。

何もわからぬまま、父親の万三に連れていかれた鶴見村の「建喜」という建具屋には、姉のおこうが十歳になるかならないかで、既に女中奉公をしていた。姉弟の実家は隣りの生麦村だが、貧しいその日暮らしで、とにかく子どもたちを家から出して口減らしをしなければ生活が立ちゆかなかったのだ。

「建喜」の棟梁は喜右衛門といい、大工仲間では“組子細工の名人”として名が通っていた。人柄も穏やかで、おかみさんが断ろうとしたおこうを受け入れてくれたのである。

慣れないおこうは、台所でおかみさんの小言に追い回されながら、必死に仕事をする毎日を送っていた。

一年が過ぎてようやく慣れてきたころ、父親は七歳の千太郎を連れてきたのである。

喜右衛門に未だ無理だと断られても、そのまま千太郎を置いて帰ってしまった。

全く勝手の違う知らない世界で、千太郎は途方に暮れた。兄弟子たちからはからかわれ、姉のおこうからは小言ばかり言われる。

おこうは、仕事の終わった夜更け、横丁のお稲荷さんに詣って千太郎が修行をちゃんとやれるよう祈っていたのだが、千太郎は全然知らなかった。

使い走りや畑仕事ばかりの毎日だったが、三年が過ぎていよいよかんなかけの修行に入った。不器用で要領の悪い千太郎は、のみもかんなも思うように動いてくれない。

夜中にこっそりけいこをしていると、若棟梁の秋次がやってきて、当たり前のように教えてくれ、道具箱から小振りのかんなを出して自分に合うものと出会うまで貸してやると渡した。棟梁とおこうは、そっと様子を見ていてそれぞれに安堵するのだった。

仕事を仲立として築かれる人間関係が、作中の随所に見出されるのは、作者の視点が仕事を通してそこから生まれてくる人の姿を的確に捉えているからに他なるまい。

読み進むなかで、おこうや千太郎と共にハラハラドキドキしながら、職人の仕事の奥深さに触れ、物を作り出す容易でなさと誇りが胸に落ちていくのは読んでいて心地良い。

かんなかけの次に来たのは机を作ること。しかも、千太郎を名指しでの注文だった。

注文したのは、寺子屋で子どもたちを教えている名主の藤右衛門である。以前、引越しの手伝いに行った、千太郎の真面目な仕事ぶりを覚えていたのだった。

机がどんなものかもわからない千太郎だったが、兄弟子の小吉と一緒に藤右衛門から机を見せてもらう。それは、子どもたちが手習いをする台のことだった。

千太郎は、小吉に釘を使わずに板を組み立てる“ほぞ”の作り方を習い、先ず試作の一脚を届けに行った。

藤右衛門から合格を貰った千太郎は、いよいよ小僧から弟子にと一歩を踏み出して、姉のおこうと共に、「建喜」の一員として名を連ねることになった。

真っ直ぐに、一生懸命に励むなかで、自分の進む道筋を手にしていく千太郎の前途に、作者の思いが重なって、物作りの豊かさが読者に届いていくことだろう。

職人の世界に生きる少年を描いた佳作として、作者にはすでに『花咲か』がある。これは十三歳の常七が、「植源」に奉公して江戸中に桜の花を咲かせる物語である。

1972年に偕成社から発行され、1973年の“日本児童文学者協会賞”を受賞し、現在も読み継がれている。

 

 
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