私が小学校に入学したのは昭和26年、当時は図書館はおろか、学校の図書室もなくて、教室の隅にある「学級文庫」と名付けられた本箱が全てだった。
田舎のこととて貸本屋もなく、教科書以外の活字は学級文庫にある本だけで、運動も外遊びも苦手だった私はむさぼるように読んだ。
夏休みに入るころには殆ど読み尽くして、よその教室へこっそり借りに行ったりした。
四年生のときに出会った一冊が『母をたずねて』である。
あらすじ
イタリアに暮らしている十三歳の少年マルコが主人公。貧しい家計を助ける為にアルゼンチンに行った母との音信が途絶えたことで、母をたずねてジュノバから船で南アメリカを目指して旅立つ。一カ月近くかかってブエノスアイレスに到着するが、母が奉公していた一家は既に引っ越していた。
落胆したマルコだったが、そこに住むイタリア出身の人たちに教えられた、荷馬車を引いて移動する商人たちの手伝いをしながらツクマンに向かう。つらい二週間以上の旅の後、商人たちと別れて一人になったマルコは、歩きに歩いて引っ越し先のツクマンに到着するが、そこにも一家はいなかった。
絶望したマルコは、二十数キロ先に、奉公先のメキーネスさんが住んでいると教えられ、再び森を抜けて歩き出す。
そのころ、病気の母は手術を受けるよう説得されていたが、諦めの気持ちで拒んでいた。
しかし、疲れきって埃だらけの息子に再開した母は、喜びとともに手術を受ける決心をし、結果的に助かったのだった。お礼を言うマルコに、若い医師は「しっかり者のきみが、お母さんの命を救ったのだ」と告げて物語はラストとなる。
作者のアミーチスは、1846年北イタリアに生まれ、20代でイタリア統一の戦いに軍人として参加。若い統一イタリアの為に、少年たち若い世代への願いを込めて『クオーレ』を書いた。『クオーレ』は、一人の少年の日記が中心になっているが、「毎月のお話」として一カ月に一遍ずつ日記とは関係のない物語が挿入されている。なかでも『母をたずねて』は最も良く知られているだろう。1970年代にフジテレビでアニメ化され、多くの子供たちに届けられた
私が子供時代を過ごした1950年代は勿論テレビはなく、村に紙芝居もやってこなかった。楽しみといえば、月ごとに届けられる学習雑誌と友だち間で貸し合うマンガだけで、外遊びをしなかった私は、活字であればなんでも読み耽ったものだ。そこは、だれにも邪魔されない自分だけの世界だった。『母をたずねて』を読んでいるときは、マルコと一緒にハラハラドキドキしながら旅を続けていたのだろう。ちょっと切なく、懐かしい思い出である。
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