|
砂谷3丁目 妖怪図録 5「いじっぱり棒」 |
|||
どこからか、金木犀の香りが漂って来る。 金木犀の花が咲き出すと、コトンと季節が変わり、急激に気温が下がる。窓を開けていると寒 いくらいだ。 「この香りともお別れか………」 そういいながら、花恵は、出がらしのお茶をすすった。 夫に先立たれてから八年。花恵は、七十四歳のこの年まで、独りでここで暮して来た。住み慣 れた我が家で、住人同様あちこちガタが来ているが、だましだましやってきたのだ。 「ここにいるのが、一番幸せ!」 と、花恵は、大きく頷いた。 ひとり息子の祐介が、この家を処分して、自分達と同居するようにと誘ってくれた。 「お袋んとこと、オレんとこのマンションと、両方とも売ってさ。それを頭金に広めのマン ションに移ろうよ。意地はってても、寄る年波には勝てないぜ」 祐介は、本気だった。 「うちの千賀も『お母さん独りじゃ、何かと心配よ』と言ってくれてる。今時無いよ、姑と暮 らそうと言い出す嫁は。有り難い話しだろ。優香も賛成してるしさ」 祐介の妻の千賀も、孫の優香も乗り気だという。 だが、花恵の心は動かない。 (何が寄る年波には勝てないよ。あたしが玄関先で転んで、足首をねんざして寝込んだ時だっ て、ちょこっと顔見せただけで、世話どころか、病院の送り迎えも手伝ってくれなかったくせ に!タクシー呼べば済む事だから、あたしも、頼みもしなかったけど) 思い出すと、悔しくなって来た。 (『うちの千賀も心配してるよ』ですって。車で二十分とかからないのに、千賀ちゃんが一人 で訪ねて来た事が有る?優香を連れて、ぷらっと遊びに来た事なんて無いでしょ。盆だ、正月だ って、仰々しく呼ばなきゃこない嫁が、姑の世話をする分けないわよ) 花恵は、お茶の葉を入れ替えて、新たにお茶を入れた。と、茶柱が一本。
花恵は、ゆっくりとお茶を口に含み、それを口のなかで転がして、ごくりと飲み下した。 (ダメで元々。老い先短い身だもの、祐介の口車に乗ってみてもいいかもね。あたしのために なるかは怪しいものだけど、あの子たちに取っては都合が良いんだろう、もう少し広いマンショ ンに移るのが) お茶と一緒に、意地も飲み下したのか、花恵の心は決まっていた。 「何処に居ても、倒れれば病院行よ。行き着く先は同じだってこと、うふふ」 |
|||