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砂谷3丁目 妖怪図録 4「がんばり棒」 |
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「いよいよ第二の人生の門出よ」 六十歳の誕生日を迎えた八重は、勤続三十二年の黄金工務店を、無事定年退職した。 思い返せば、苦難の三十二年間だった。 三歳の息子と、生まれたばかりの娘を抱えて、夫と別れる事を選択したその瞬間から、(がん ばろう!)の一心で生きて来た。 八重自身も母子家庭育ちで、母親はバリバリの保険のセールスウーマンだった。 「だからいったでしょ、あの男はダメだって。見栄っ張りで、外面ばっかり良くてさ。別れた あんたのお父さんにそっくり」 と、責めたてられても、他に頼る所も無く、実家へ帰るしかなかった。 これと言って特技の無い八重は、直ぐには勤め口も見つからない。勤め口が決まらないと、保 育園の申し込みも出来ない。 仕方なく八重は、昼間は今まで通り、家事と育児で過し、夜、母親に子ども達を見てもらって スナックでアルバイトをした。 (いつまでもこんな暮らししてられないわ、頑張らなくちゃ!) 六時には帰宅出来て、土日が休める仕事に就きたいと、八重は願っていた。 「その為にも、頑張るぞ!」 終電で帰り、毎朝六時には起きる日々のなか、二人の子どもを連れて、無料で学べる区主催の パソコン教室に通って、ブランドタッチを身につけ、エクセルを会得した。 「そんなにムキに成らなくてもいいでしょう、ゆくゆくは、あんたも保険の仕事しなさいよ。 教えて上げるから」 と、母親に言われても、保険の営業の大変さを見て育った八重は、その仕事を選ぶ気はなかっ た。 そんな八重の頑張りが実り、黄金工務店への就職が決まったのが、三十二年前。 頑張りは続いた。フルタイムの勤めに家事に子育て。とくに、子ども達は、大きくなるに従っ て、手がかからなくなった分、気がかりが増した。子ども達の反抗期をなんとか乗り越え一息つ く間もなく、元気だった母親が五十五歳の若さで倒れた。過労が原因だった。 (あたしが頑張らなくちゃ、皆が共倒れ) がんばり棒に磨きをかけて、頑張りに頑張って、介護から看病、そして看取って送った。 その間、子ども達は進学、就職、結婚と巣立って行き、今は、二人とも人の親だ。 そして、今日。八重は晴れて老後に突進! 「うーんと頑張って、楽しむぞ!」 |
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