砂谷3丁目 妖怪図録 1「グッチー

妖怪 グッチー
種族 胞子族

特徴 これに取り憑かれると、やる気が失せ、グチグチと愚痴っぽくなり、辺りの気分を暗くするので嫌われ者になる恐れが有る。力は弱いが、繁殖力が強く、次々と勢力を拡大する。早めに気分転換をして追い払わないと、心の芯まで腐らせられる手強い相手。

 「あー、嫌だ、嫌だ!もう朝」

 紀江の朝は、「嫌だ、嫌だ」で始まる。

 雨が降っていれば、

 「嫌ねー、じめじめして。あたしまでカビが生えそうよ」で、

 天気が良ければ、

 「嫌ねー、カンカン照りで。シミが増えちゃうじゃない。皮膚がんの元よ」で、

 曇っていればいたで、

 「ぐずぐずした天気って嫌い!気圧が高いのかしら、頭が痛くなって来た」だ。

 「フー、朝は食欲がわかないわー」

 朝食を作る気もおきなくて、お湯を沸かしてみた所で、 

 「忙しいのにコーヒーなんて、入れてられないわ。インスタントで十分」

 と、インスタントコーヒーをすするが、

 「まずい。やっぱりインスタントはダメ」

 と、コーヒといっしょに愚痴を飲み込む。

 紀江の人生には、愚痴の種があふれている。

 靴は足に合わないし、玄関のカギも合わないし、いつもの快速電車には乗り遅れるし、次の急

行電車は混んでるし、乗り継ぎは連絡が悪いしで、

 「もうクタクタよ、イヤンなっちゃう」

 と、職場に着くなり愚痴りっぱなし。

  隣りの席の沙織が、溜め息をこらえて、

 「でも、山田先輩の所は急行とか快速とか止まるから良いですよ。第一都内だし」

 と、埼玉の実家から通って来る事を嘆いてみせて、ふーっと息を吐く。

 それから、壁のホワイトボードの予定表に目をやる。

 「山田、夏期休暇。8月27日から9月10日」

 (あと3日の辛抱。先輩さえ休めば……、あたし達の愚痴の種が無くなるね)

 と、向かいの席の吉沢に目配せ。

 それを知ってか知らずか、紀江の愚痴は止まる所無く続く。

 「このパソコン、立ち上がりが遅いのよねー。あたしが仕事にかかるの邪魔しているみたい

よ。それから、沙織ちゃん。その『先輩』って言うの辞めてくれない、なんだかすごく老けた気

分になっちゃうのよね。確かに、あたしはあんたよりこの職場では四年先輩だけど、あたし高卒

だから。四大出て来たあんたとはタメだし。仕事だって、あたしはコピーにお茶汲みでさ、あん

たみたいに、企画とか、プレゼンとかないんだし。ほらほら、電話よ、たまには出てくれても。

ほんと、あたしばっかり……」と。