生田 きよみ の棚
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長編 |
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モモちゃんのさがしもの
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その2 モモちゃんの心臓は止まりそうになりました。でも、勇気をふりしぼって そこには、パパくらいの大きさの濃い紺色の毛をしたゴリラが立っていました。 モモちゃんを見て、にっとわらいます。どこかで見たことがある顔。茶色い モモちゃんは、そばに投げ出されたリュックをたぐりよせました。つけていた 「モモちゃん、ぼく、ゴリタだよ。落ちた時、はずれちゃった」 「あんた、どうしてこんなに大きくなっちゃったの?」 その時「ガオッー、ガッ」 動物のなき声が近づいてきました。 「はやくにげなきゃ」 ゴリタはモモちゃんの手をひっぱります。ジャングルの中は歩きにくいたらありません。足 「もうだめ」 モモちゃんがさけぶと、ゴリタがモモちゃんを片手でひょいとだきあげまし 「ほら、にげるよ。ぼくにしっかりつかまってな」 からみあった植物、たおれた木、大木からたれ下がった太いつる。 ゴリタはヒョイヒョイと走ります。トラはうなり声をあげながらなおも追っ 「食べられちゃうよう」 モモちゃんがいうと、 「だいじょうぶだよ」 ゴリタが目の前の木によじ登り始めました。 「ゴリラって、木登りできるの?」 五メートルほど登ると、頑丈そうな枝にこしかけました。下では、トラが鼻 ゴリタもまけずに、トラをにらみかえします。 しばらくトラはそこにいましたが、やがて行ってしまいました。 ゴリタはするすると木から降りると、モモちゃんを下におきました。 「すごい、ゴリタ。すごいよ」 「てれるなあ」 ゴリタは手で頭をボリボリとかきました。そしてすぐにまじめな顔になるとモモちゃんをま 「リュックからはずれてゴリラ人形からゴリラになった時にね、ミッションがあたえられたん 「鍵?」 モモちゃんは思わず聞き返しました。 「モモちゃんの胸の、その鍵だよ」 モモちゃんは、ペンダントの鍵をにぎりしめながら考えこんでしまいました。わからない 「どうしてゴリタはそんなこと知ってるの?ジャングルを出るにはとか、ドアがあるとか・・」 「モモちゃんは、ゴリラモモっていわれているでしょ。だからぼくには、モモちゃんを守る義 ゴリタは毛むくじゃの胸をはり、右手でボンとたたきました。 「あのチビだったゴリラ人形がいばってる」 「今ではこんなに大きくなったんだ。文句いうなら、ぼく、一人で行っちゃうよ。ずっと家に ゴリタは歩きだします。 「ごめん、ゴリタ。一人になったら、すぐ、トラに食べられちゃうよ」 モモちゃんは、ゴリタのごわごわした手をつかみました。 「よーし、行こう」 葉っぱや木々のかげに、ドアがかくれていないか、目をこらします。しばらく行くと、バナ 「モモちゃん、鍵をさしこんでみて」 モモちゃんは首からペンダントをはずすと、ドアの鍵穴にさしこました。かちりと音がしま 「中へ入って」 ゴリタがモモちゃんの背なかをおします。 「ゴリタもいっしょでしょ」 「一人で入るんだ。ぼくは入れないよ。ここで待ってるから」 「どうして?」 「ジャングルのおきてだからさ。さあ、早く。トラがきちゃうよ」 ゴリタはぐいとモモちゃんの背なかをおしました。すごい力です。モモちゃんはあっという 「ここは・・・どこ?」 見たこともない家の中です。低い天井、壁、床、全部が木でできています。窓からこぼれ 窓際に木のテーブルがありました。女の人が二人腰かけて、うつむいてなにかしていま 二人ともモモちゃんが入ってきたことに気がつかないようです。 机の上に細かい木くずがいっぱい落ちています。 二人は一心に手を動かしています。よく見ると、彫刻力でなにか作っていました。 「できた。やっと、できたわ」 若い女の人がはずんだ声で言いました。白髪の人がのぞきこみます。 「まあ、めずらしい。鍵でしょ。わたしは長年、ここで旅行客の方に木彫りを教えてますけ 若い女の人が布でみがきながらいいました。 「わたし、鍵が好きなんです。いろんなかたちをした鍵があるでしょ。鍵をさしこむ、ドアが 「楽しいこと。そんな鍵があったらいいのにね。ペンダントにするんですよね。どんなヒモ 女の人は立ち上がると、うでぐみをして考えこみました。 「木だし、麻ひもが合いそう。麻ひもにします」 言いながら横をむきます。 モモちゃんは、胸がドキドキしました。写真で見た若いころのママそっくりです。 「ママ、ママ」 声をあげて、走りよろうとしますが、足が動きません。 「あら、風がでてきたのかしら。ドアがあいてるわ」 白髪の女の人は、モモちゃんの目の前でドアをバタンと閉めました。モモちゃんはいつ 「どうして、わたしを見てくれないの」 モモちゃんは、ドアをどんどんとたたきました。 うしろから毛もくじゃらの腕にだきとめられました。ゴリタです。 モモちゃんはゴリタの胸の中で泣きました。 ゴリタは太い腕でモモちゃんの背なかをなでてくれました。 うしろをふりかえると、山小屋風の家は消えています。あたり一面、ジャングルがおいし 木々のすきまから夜空が見えました。青や黄色の大きな星がかがやいています。 |
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その3 「モモちゃん、もう起きなよ」 うす目をあけましたが、またまぶたがさがってしまいます。 「ほら、モモちゃん」 肩をゆさぶられ、やっとのことで両目をあけました。 ゴリタが小さな目を三角にしてにらんでいます。 「あのね、早く出発しないと、ジャングルから出られな ゴリタは左手に持ったバナナをさしだしました。木漏れ日 見ていたら、モモちゃんはき ジャングルに突然、山小屋風の家があらわれ、鍵でドアを こと。若いころのママが木彫りの鍵を作っ たこと。 ドアがしまってしまったこと。ゴリタに抱かれて泣きながら モモちゃんは胸がいっぱいになって、また涙がでそうにな 「モモちゃん、おいしいよ。食べて力をつけなくちゃ。今 ゴリタはバナナの皮をむくと、あっというまに一本食べて モモちゃんは首をふります。ゴリタは鼻の穴をふくらませ ちゃんの口元につけまし 「いい?ジャングルでは、ぼくのいうことをきくこと」 低くてこわい声でした。モモちゃんは一口かじります。と ひろがりました。それはのど 、あとは夢中で食べました。 ゴリタは木の根元に置いてあったバナナのふさを持ち上げ 「モモちゃんが寝ている間にぼくがとってきたんだよ」 ゴリタはふさからバナナをはがすと、すごいいきおいで食 四本も食べました。 「こうでなくちゃ。ゴリラモモがもどってきたよ」 「チビ人形だったあんたにゴリラモモっていわれたくな 「今じゃこんなにでっかくなったし、モモちゃんの守り ゴリタは毛もくじゃらの胸をぼんと一つたたいてにっと 白い果肉がいっぱいつい モモちゃんは、 「きったな」 指さして笑いました。そして走りだします。 ゴリタがあとを追いかけます。あっというまにゴリタに 森の中は、じっとりと蒸し暑く、たちまち汗がふき出ま がたちのぼります。 立ち止まって、手で汗をぬぐっていた時です。 シュルシュル (なんだろう) モモちゃんはふりむきました。 ヘビ、巨大なヘビです。肉厚の葉っぱの上をくねくねと ジ色のしま模様。ゴリタ ます。 ヘビは金色の目でモモちゃんを見あげます。 「ギャー」 モモちゃんは金切り声をあげました。 ゴリタはモモちゃんを抱き上げるとバアーッとかけだし シュルシュルル・・・。音がせまってきます。 モモちゃんはゴリタの胸の毛がぬけそうなくらいにしが どのくらい走ったでしょうか。 突然、ゴリタの片足が葉っぱにすいこまれました。そし 面に穴があいていて、 その穴はゆるやかなカーブになっていて、二人はボブスレ モモちゃんは、ゴリタにしがみついたまま目をつむってい 穴の前方に明かりがさしこみました。あっという間に, モモ まぶしい光が目をさします。やっと、あたりが見えました。 モモちゃんとゴリタがしりもちをついたところは青々と緑 一瞬、家の近くに帰ってきたかと思いました。モモちゃん 「ジャングルを抜け出せた、ばんざい!」 「そうかなあ。よく見てごらん」 ゴリタが腕組みしてあごを突き出しました。モモちゃんた 「あそこにいってみよう。鍵で開くかも」 二人は土手をすべりおりました。 ブロック塀とブロック塀の間に木でできた両開きの戸があ 「見て、見て、ゴリタ。これ鍵穴があるよ」 錠前の真ん中に穴がありました。 ゴリタがうなずきます。モモちゃんは急いで鍵をさしこみ あちこち鍵の向きを変えていれてみます。 やっとのことで、ガチッと鈍い音がして錠が開きました。 分厚い木の門を押して、おそるおそる入ります。 目の前に現れたのは普通の家。広い庭。南向きの家の西に となりはさるすべり ひまわりや葵の花も咲いています。木々の奥に竹やぶが 「ここ、田舎のおばあちゃんちだ!」 「そうなのモモちゃん」 「わたしが四歳の時までいつもパパと夏にきた」 「それからは来てないの?」 「おばあちゃん、施設にはいったの」 モモちゃんは開けはなたれた縁側へと走っていきました。 縁側のほんの少し前でモモちゃんはころんでしりもちをつ 立ち上がると、縁側に突進。そのたびにモモちゃんは目 縁側へママとおばあちゃんが出てきました。ママは紺地 おばあちゃんは白地に青、緑の細い縦じまのブラウスに ママは縁側にごろんと横になると、おなかをさすりまし おばあちゃんは、ママのそばに足を投げ出してすわりま 「ねえ、たまき、赤ちゃんが生まれたら、仕事どうする おばあちゃんが言いました。 「続けるよ。育児休暇とって、仕事に復帰するつもり」 「そう・・・・。ねえ、脚むくんでない?」 おばあちゃんは、ママの脚をさすります。 「お母さん、心配性ねえ。大丈夫よ。毎月、お医者さん モモちゃんの胸ははりさけそうです。大声でママ、ママ ゴリタがモモちゃんの肩をそっと抱きます。 「もう、行こう。次の場所へさ」 「いやだ。ここにいる」 「あと一つ、家の鍵を開けなくちゃいけないんだよ」 「いい、もういい。ジャングルから出られなくても、家に 「ぼく、もう、知らないからね」 ゴリタはモモちゃんをおいてのっしのっしと歩き始めます。 モモちゃんは、両手と顔を見えない透明な壁にくっつけた ゴリタはため息をつきながら、また引き返してきました。 「モモちゃん、やっぱりだめだ。ぼく、ミッションを果た ママとおばあちゃんは立ち上がりました。 「まだ早いけど、夕飯の用意しようかね」 「なに作るの?」 「マーボーなすとひややっこ、きゅうりの酢の物は?」 「食欲ないけど、赤ちゃんのために食べなくてはね。いい ママはやさしい顔をして、おなかに手をあてるとゆっくり 「お母さん、雨戸しめようか」 ママはゆっくり立ち上がると、戸袋に手をかけました。 「あっ、だめ。わたしがするから、あなたは奥にはいって」 「あら、平気よ。赤ちゃんをかばってばかりいると、弱い がらがらと雨戸が閉まっていきます。 「線香花火、今晩するのね。」 「今、お父さんが買いにいってるわ」 「おなかの赤ちゃんもきっと喜ぶわよね」 モモちゃんは、太い眉をつりあげてバリアの壁をかたくに どこかに入る所がないかと家のまわりを走りまわります。 夕焼けが遠くの山を赤く染め始めました。家の灯りがぽっ 「アーン」 モモちゃんは地団太ふんで、声の限り泣きながら、ゴリタ そうになりました。 ゴリタはモモちゃんを必死でだき止めました。 モモちゃんはゴリタの腕の中であばれ、ゴリタの厚い胸を 「せっかくお母さんに、なんで?なんで?いやだよう。は 「モモちゃん、ゴリラにだって、出来ることと出来ないこ ゴリタは暴れるモモちゃんを体全体で包みこみます。 しばらくモモちゃんは、ゴリタの腕の中で泣きじゃくって 「さあ、行こうか」 ゴリタはモモちゃんを抱いたまま歩きはじめます。 ゴリタの腕のあいだから、おばあちゃんの家が見えました。 ゴリタが土手を登っていきました。 「穴はどこだ?ジャングルに帰る穴。おかしいな、このへん ゴリタはあちこち地面に鼻を近づけてにおいをかぎます。草 「ふんふん、ここだ」 ゴリタは立ち止まり、手で草をかきわけます。 草の下には二人がすっぽりはいるくらいの穴がぽっかりと口 ゴリタは片足を入れます。モモちゃんは土手の下をもう一度 「いくよ、モモちゃん」 ゴリタはモモちゃんを抱いたまま穴に足を入れます。 二人はそのまま真っ暗な穴に吸い込まれていきました。 光がさしこんできます。まぶしくて目をつむりました。 「モモちゃん、さあ、着いたよ。もうひとふんばりだ」 目をあけるとそこはジャングルでした。 |
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(その4) モモちゃんはゴリタにだかれています。 「二年生でしょうが。一人で歩きなよ」 「やだ、もう疲れたの。一歩だって歩けないよ」 モモちゃんは目をとじたままです。 (このまま、ジャングルから出られなかったらどうしよう。いったいどうなるの。こんな悲し い目に会うなんて) ゴリタにはモモちゃんの気持ちがわかるのか、 「モモちゃんが、いつもママに会いたいっていってたからだよ」 「そんなことないよ。一度だってパパや友達にいったことないもん」 「おさえていたんだ、きっと。ぼくは、いつもモモちゃんといっしょだったから気持ちがぜん ぶわかるよ」 モモちゃんは、うれしいような腹がたつような気がしました。 ゴリタはモモちゃんをだいたまましばらく歩きました。 「いいかげんにしな!歩け!」 ゴリタはモモちゃんを、下におろしました。目をあけたら、またジャングル。 がっかりしたことといったらありません。モモちゃんは木の根っこにすわりこみました。根 っこがぬれていたせいか、ジーパンのおしりから、じわっと水がにじんできます。気持ちわ るいことといったら。 (おねしょしたみたい。きっと夢を見ているんだわ) 「夢じゃないよ。もし夢だとしても、最後まで見なくてはいけない理由があるん だと思うけど」 「理由なんてない。そんなものいらない」 「今までのモモちゃんはどこへ行ったの。いつも、ぼくをリュックにぶらさげて 男の子とけんかして、友達とワハッハと笑ってたモモちゃん。ああ、情けない」 モモちゃんはキッとゴリタをにらみます。体の奥から熱い炎みたいなものがゴッゴッとわき あがってきました。それは、体のすみずみ、うでから手先、足のつけねから足の指さきまで あたたかくしていきます。 太い眉がつりあがり、目が光りました。 「やっと、エンジンがかかったか。さあ、行こう」 「あのね、ゴリタに言われると、ムカッとくるの。あんたに言われたくないって」 前を歩くゴリタはピンクの舌をちろっと出しました。もちろん、モモちゃん には見えませんでしたが。 どこをどう歩いているやら、あまりの湿気とむし暑さに頭がくらくらしてきます。 ゴリタが木に登ってラグビーボールのような黄色い果物をとってきてくれました。皮が厚く て手でむけません。 「むいて、わたしのも」 モモちゃんがいうと、ゴリタは歯をたてて皮をむいています。 「自分のことは自分ですること」 しかたなくモモちゃんも前歯をたてました。少し穴があいたのですーっとすってみました。 甘みがすくなくてあまりおいしくありません。でもおなかがすいていたので、二つもの果汁を 飲みました。 どのくらい歩いたでしょうか。モモちゃんは果汁のおかげで、元気がでてきました。 ジャングルの中は光がまばらにしか届きません。 高い木からなにかがポタリと落ちて、モモちゃんの手のこうにはりつきました。二センチく らいの黒い楕円けいのゴムみたいな・・・。それは手の上でみるみるふくらみ丸く大きくなり ます。 「ギャッー、ゴリタ、これなに?」 「山ヒルだよ。かしてみな」 モモちゃんは、指でつまんではがそうとしますがはがれません。ヒルはどんどん太ってい きます。 「いたいよう!気味悪いよう!」 ゴリタがやっとはがしてくれました。地面に落として足でふんづけます。地面が赤くそまり ました。 「モモちゃんの血をすったんだよ」 ぞっとしました。モモちゃんの手のこうが赤くなっていました。 「ゴリタは山ヒルにおそわれないの?」 「毛がはえてるからね。それにモモちゃんのほうがずっとおいしそうでしょ」 「もう、やだ!」 顔をあげると、からみあったツタのしげみのおくに、なにか光が見えます。 「ゴリタ、あそこ、家みたい」 二人はしげみのおくへと進みます。ツタの葉をはらいのけると、家がありました。ドアもあ ります。 モモちゃんは、かぎをさしこみました。すんなりとドアがあき、玄関へはいりました。二人 はどんどん入っていきます。 ろうかのおくの部屋から話し声が聞こえてきました。おくは日当たりのいいリビングでした 。フローリングの床に男の人と女の人がすわっておしゃべりをしています。 モモちゃんはさっきから胸がはれつしそうになっていました。二人は横顔しか見えません でしたが、わかっていました。パパとママだって。 モモちゃんはパパとママに飛びついていこうとしましたが、リビングに入れないのです。 ガラス戸もしきりもないのにです。見えないバリアがモモちゃんを 「わたしよ!モモだよ。見て見て!」 ドスンドスンと足踏みしながら叫んでもだめでした。それでもモモちゃんは見えないバリア にヤモリみたいにぴったりとはりついていました。 部屋のすみには、ベビーベッド、ふとんがおいてあります。クリーム色の小さなふとんの 柄。くまさんの絵です。モモちゃんが保育園に持って行った同じふとん。ふとんの横には、 産着や真っ白いレースのはおりもの。ブルーやレモン色のスタイ。小さな小さなソックスや 下着。紙おむつやおしりふきのケースも。 モモちゃんは酸素不足のきんぎょみたいにはあはあと息をしました。 「男の子、女の子どちらでもいいよ」 「そうね、お医者様に言わないでって、わたしたちたのんだのよね」 「ぼくたちの初めての赤ちゃん、どんな顔してるかなあ」 「あなた似?わたし似?」 「ぼくじゃないほうがいいよ。ぼくは、じゃがいもみたいだもの」 「あら、わたし、じゃがいもだーいすき」 「よかった!名前はどうする?」 「ほら、これ見て。字画とか由来とかいっぱい書いてあるわよ」 ママは「名前のつけかた」という本をパパに見せます。 「予定日は三月はじめでしょ。まだまだ日にちあるから、ゆっくり考えましょう」 「そうだね、しかし実に沢山あるもんだ。たまき、はな、りか、めぐみ、もも・・・」 モモちゃんは、ぽろぽろ涙をながしました。そして、ゴリタのうでをたたき続けました。すぐ そこにパパとママがいるのに、こんなのおかしい! 「モモちゃん、あそこにいるパパとママはカコなんだ。時はさかのぼれないよ。けむりみた いに消えてしまうの」 「今、わたしたちはカコにいるんじゃないの?」 「ううん、カコをみているだけさ。モモちゃんの記憶の中の時だから」 「うるさい!むずかしいこと言わないで」 「かわいそうだけど、事実は事実なんだ。泣いてばかりいないで、よく見ておいたら?消 えちゃうよ」 モモちゃんは右手で涙をごしごしこすりました。 リビングの窓の外には、もみじが色づいていました。その根っこには立浪草の うすむらさき色の小さな花がゆれています。イチョウの葉っぱが金色にかがやいています。 小鳥の餌台もおいてありました。二羽のキジバトがこちらを気にしながら、えさをついば んでいました。 夕陽が部屋を照らしています。どこかのすてきなショールームみたいです。 「クーちゃん、赤ちゃんが生まれたら、一年は会社休むんだよ。きみはむこうみずだから、 ちょっと心配」 「わかってます。ジャングルへ行きたいなんて、決して言いませんから。あの絵の彼女み たいにね」 ママはリビングのとなりの部屋を指さしました。 モモちゃんはドキンとしました。となりの部屋へいきたいと思いましたが、バリアがじゃま して一ミリだって中へは入れません。 「ゴリタ、今、ママ、ジャングルって言ったよね。絵って言ったよね」 「たしかに。でも、ぼくたちはこの部屋しかのぞけないみたい」 「もう、ほんとうに、やだ。カコなんかどうでもいい」 「手おくれだよ。ぼくたち、旅をはじめたんだから、さいごまで行かなくちゃ。これは、モモ ちゃんにとって意味のあることなんだと思う」 モモちゃんは、くやしくて悲しくて、また泣きました。 「さあ、行こう」 ゴリタに手をとられて、玄関のドアをあけました。そこはまたジャングルでした。 |
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その5 モモちゃんは重い足を引きずって、ジャングルの中を歩いています。夢であったらどんなにいい モモちゃんは歩きながらゴリタが言ったことを色々考えていました。 「もう出発しちゃったんだから、引き返せないよ。最後まで行くしかない。でないと、ジャング モモちゃんは深いため息をつきました。 (たしかに、ゴリタの言う通りだわ。歩いて歩いて、この恐ろしいジャングルからぬけ出よう。 胸の中にかたい決意がわきあがってきました。モモちゃんは背筋を伸ばすと、大きく息を吸い 「よし!」自分にかけ声をかけると、歩き始めます。 ライオン、ヘビ、ハゲワシ・・・・なんでも出て来い。下がっていた太い眉がぴんとはってきま 「モモちゃん、いいよ。そうでなくちゃ、やっとゴリラモモがもどってきたね」 「うるさい、ゴリタ。さっさと歩け」 「はーい、了解です」 ゴリタは小さな左目でウインクすると歩調を速めました。 二人はどんどん、どんどん歩いていきました。 気のせいか、木々の高さが低くなり、まばらになってきました。 「アッ」 二人は木の根っこにつまずいて転びました。太い太い根が大蛇みたいにくねくねとはっていたのです。 「やだ、ゴリタ、ゴリラなのにさ」 「モモちゃんだって転んだくせに」 二人は立ちあがりながら、わらいました。 と、ゴリタがまっすぐ前を見つめました。 「あそこ、ほら」 ゴリタが指さします。森のむこうに真っ白いビルがすっくと立っていました。 十回建てくらいあるでしょうか。今までジャングルで見てきた家とは全然違います。 二人は急いで建物に向かって歩きます。モモちゃんは建物の前に立つと、鍵をにぎりしめました 「はやく、おいで」 ゴリタがモモちゃんの手をひきます。建物の後ろに回ります。そこに大きなガラスの入り口があ ホテルのフロントみたいに広いホール。たくさんの人が長いいすにこしかけています。電光掲示 「病院だ」 モモちゃんは丈夫であまり病院にきたことがありませんでしたが、去年、おばあちゃんが入院し ゴリタがまた手をひっぱります。不思議なことに、だれも二人を見ません。 モモちゃんはともかく、ゴリタはゴリラなのに。 「こっちこっち」 廊下の先にエレベーターがありました。ゴリタがボタンをおすと扉がすっとあきました。中に入ると、ゴリタは8というボタンをおします。 エレベーターはあっという間に八階に到着。 「たしか、805だったよ。行こう」 モモちゃんはわけがわかりません。 「モモちゃん、ぼくたち最終章まで旅してきたよ。しっかりね」 勝手に805の部屋にはいりました。 ベッドに若い女の人と赤ちゃんが寝ています。男の人もいます。女の人は赤ちゃんを抱き寄せよ 「ママ!」 モモちゃんはかけよりましたが、ママが寝ているベッドの手前ではねかえされました。透明なガ (こんなに近くにママがいるのに。なぜ?どうして?もうママに会えないかもしれないのに・・ モモちゃんは自分とママをさえぎっている目に見えないバリアをたたきました。でも、パパもマ 必死でたたき続けながら、涙でかすむ目でパパとママを見つめます。 「モモちゃん。行こう。カコの世界へはいくらがんばっても入れないんだよ」 モモちゃんは力つきて、へなへなと座り込んでしまいました。ゴリタはモモちゃんをかるがる ももちゃんはゴリタに抱かれたままエレベーターに乗り、廊下を歩き、病院の外に出ました。 たちまち暑苦しいじっとりした空気がまとわりついてきました。モモちゃんはゴリタの太い腕の ゴリタが体を硬くして身構えます。 「ヒョウだ。モモちゃん、じっとしててね」 ゴリタはモモちゃんを抱いたまま片手で木に登り始めます。モモちゃんは恐る恐る下を見ました ヒョウがガリガリと爪をたて、体をしなやかにたわませながら木に登ってきました。ゴリタもひ 次第にヒョウとの間隔がせばまってきます。もう木のてっぺんです。逃げられません。ヒョウの 「ああ、ヒョウに食べられる・・・。やだやだ、家に帰りたい。パパに会いたい。学校へ行きた はげしく思いました。ふと上を見上げると木のてっぺんに白い飛行機が乗っています。ゴリタは 「ゴリタも乗って!はやく!」 「だめだ、ぼくの体重は120キロ。飛行機落ちちゃうよ。一人乗りの飛行機だ」 「やだ、ゴリタ、わたしの守り神でしょ」 「大丈夫、もうジャングルを脱出できたんだから。ぼくの役目は終わったよ。モモちゃんは自分 ゴリタは左目をぱちっとつむりウインクしました。 ヒョウがゴリタの右足に食いつこうとした時、ゴリタはみるみる小さくなり、木の下へ落ちてい その時、風がビュービュイーンとふいてきて、飛行機は空高く舞い上がりました。モモちゃんは (ゴリタ、ゴリタがいなくなったよお) 胸がつぶれます。目を開けて下を見ることもできません。頭のてっぺんから、足のさきまで、風 どのくらい飛んだでしょうか。風が静かになりました。モモちゃんはそっと目をあけました。下 ドスーン 飛行機が木に衝突。バランスをくずします。モモちゃんの手が飛行機からはなれ、そ 「ここは?」 気がつくと、モモちゃんは自分の部屋のベッドにいました。 パパのが心配そうに顔をのぞきこんでいます。となりには伊藤内科のお医者さんもいます。 「モモちゃん、気がついたね。よかった。本当によかった」 伊藤先生がにっこりわらいました。 「家?どうして?」 モモちゃんの頭は霧がかかったようにぼんやりしています。 「どうなることかと思ったよ。木からおちたんだ。はるとくんと北浦くんが知らせてくれたんだ モモちゃんは必死で思い出そうとします。かかっていた霧が少しづつ晴れていきます。 (そうだ・・・紙飛行機を探しに林の奥まで行った・・・。紙飛行機が木の枝にひっかかってい モモちゃんははっきりと思い出しました。なみだがでます。 「あのね、わたし、ママに会ったの」 パパが心配そうな顔をぐっと近づけました。伊藤先生はパパの肩に手を置くと目配せしました。 「そうか、ママに会えたんだね。よかったね、モモちゃん」 「ジャングルを歩いたよ。もう大変だったの」 「モモちゃん、あとでゆっくり聞かせてね。今は眠らなくちゃいけないよ」 モモちゃんははっとして飛び起きようと体をおこしかけます。 「ペンダントの鍵は?マスコット人形のゴリラは?」 「リュックは落ちてたけど、これだけだったよ」パパが泥でよごれたリュックを持ってきました。 ゴリラ人形はついていません。木彫りのペンダントの鍵もありません。 「ほんとにこれだけだった?」 パパが大きくうなずきます。 「アーン、アーン」モモちゃんは泣きました。でも力が入らなくて、小さな声しか出ませんでし 「よしよし、モモちゃん、少し眠ろう。お薬あげるからね。高い木から落ちたのに、骨折も大き 伊藤先生は笑顔のまま部屋をでました。パパが玄関までついていき、なにか話していました。 モモちゃんの部屋にコップを運んできました。 「さあ、これ飲んで」 パパはモモちゃんの体を起こすと小さな錠剤を一粒、口に入れてくれました。 コップの冷たい水はとてもおいしく、体の隅々にまでしみていくようでした。 「パパ、わたしね、すごい旅したんだよ。しゃべりたいのにしゃべれない」 パパは口に指をあてました。 「残念だよ。でもね、あとでいっぱい聞こう。起きたらすぐね」 パパはやさしく布団をとんとんとしてくれました。 薬のせいかモモちゃんはストンと眠りに落ちました。 何時間も何時間も眠りました。 目が覚めた時は次の日の朝でした。ベッドから出ると、カーテンを開けます。まぶしい光に思わ 「おはよう、モモ。痛いところはない?」 パパはモモちゃんの頭のてっぺんから足の先まで目を動かしてじっと見ます。 「だいじょうぶだよ。ああ、おなかすいた!」 階下へ行くと顔を洗い歯磨きもしました。すっきりしていい気分です。 「さあ、ご飯食べよう」 パパはガスレンジからお鍋をテーブルに持ってきました。 「エッ?おかゆ?」 「伊藤先生がね、消化のいいものって」 モモちゃんは少し不満でした。病気じゃないのに・・・。オムレツが食べたかったのに・・・ 「学校へ行かなきゃ」 モモちゃんが二階へ行こうとすると、パパが言いました。 「今日は休むんだよ。伊藤先生に言われてる。一日ゆっくりしなきゃだめだって。パパも会社休 モモちゃんはほしいものがすぐに思い浮かびませんでした。 「そうか、やっぱりまだ本調子じゃないね。そうだよな、あんな高い木から落ちたんだもの。寝 パパはモモちゃんの頭にそっと手を置きました。 モモちゃんは自分の部屋に行きました。ベッドに入るとまた眠ってしまいました。ジャングルの ぱっと目がさめました。パパは買い物にでもいったのでしょうか。静かです。 モモちゃんはそっと起き上がるとパパの部屋に入りました。 ジャングルの絵をどこかで見たことを思い出したからです。 小さな額に入った絵。すいよせられるように絵に近づきます。 不思議な絵でした。ジャングルの森の上に月が出ています。肉厚の葉っぱ。生い茂る木々。たわ 見れば見るほど奇妙な絵です。その時、モモちゃんはあっと思い出しました。 おばあちゃんの家でママがパパに笑いながら言ってたことを。 「ジャングルへ行くなんていいませんから」 この絵はわたしが行ったジャングルだ。ソファーに腰かけて指さしている女の人はママだ。ママ わたしは、ママの代わりにジャングルへ行ったのかも。木彫りの鍵を作ってくれたこと、ママの モモちゃんはゴリタとジャングルを旅したことを、はっきりと思い出しました。写真立てのママ ゴリタが言ってたっけ。「カコをさかのぼる旅だよ」って。 ママがいないということは、自分なりに納得したつもりでしたが、心の奥深くでは違っていたの ママは死んでしまったけど、ママとずっとつながっている。わたしの心の中でずっと生きてるん 難しい算数の問題がとけたようなすっきりした気持ちなのになぜか涙が頬をつたいます。 モモちゃんは不思議なジャングルの絵を見つめていました。 「ただいま、モモ、焼き芋買ってきたよ」 玄関でパパの声がしました。 「はーい」 モモちゃんは,はんてんをはおると階段を下りていきました。 パパに話そう。ジャングルでのことを。始めから終わりまで。パパならきっと信じてくれるにち パパが紙ふくろをやぶりました。焼き芋のおいしそうなにおいがぱあっとたちのぼりました。 |