新連載 作・生田きよみ
「モモちゃんのさがしもの」
一 かぜしろ号
「モモちゃん、ジャンバー、着ていきなさいよ。まだ寒いからね」
おばあちゃんの声をせなかに、モモちゃんは、玄関からすっとんでいきました。遊びにいく時いつも持っていく、リュックにつけた小さなゴリラ人形がかたかたゆれます。
今日は学校で、いやなことがありました。
なかよしのはなきちゃんとけんかをしてしまったのです。公園であそぶ約束をしていたのに、公園に行けなくなったといわれたのです。
「あのね、ゆうちゃんとゆうちゃんのママがくるんだって。ほら、ママどうし仲良しでしょう。まだ寒いし、公園はだめっていうの。家の中でトランプしたり、お茶しようってことになったの。モモちゃんも来る?」
とっさに頭をふってしまいました。
「前から遊ぼうって約束していたのに。うそつき」
「なんでそんなにおこるの、もう、モモちゃんのおこりんぼ」
二人はツンツンして別れました。
(はなきちゃんにさそわれた時、どうして、ことわったのかな。いまごろ、何してあそんでいるんだろう。おしゃべりしながら、お菓子食べたり、ジュースのんでるかな)
はるとくんと、北浦くんがたこあげをしていました。北浦くんのたこには、大きな目玉みたいな黒い丸が二つついていました。
はるとくんのたこは、トンビそっくりの形をしていて、茶色でした。
風にのって、気持ちよさそうに空をおよいでいます。
モモちゃんは、公園の入り口でしばらく見ていました。すると、はるとくんのたこが下に落ちてきました。
はるとくんは、糸をひっぱたり、ゆるめたりしていましたが、とうとう、たこは地面に落ちてしましました。
モモちゃんは、かけよっていいました。
「わたしにやらせて、あげてあげるから」
「ゴリラモモだ。だめだぞ。これはおれのたこ」
ゴリラモモといわれても、いつもなら平気でした。でも、今日はムカッとしました。
モモちゃんは、はるとくんのたこ糸をとろうとしました。
はるとくんは、くるりとうしろむきになり、たこをかかえて、走って行きました。
「キャー、ゴリラモモからにげろ」
北浦くんもにげていきました。
がさがさっとしたものにさわりました。出してみると、おり紙でおった紙ひこうきでした。
友達と遊んだ時、つくったものです。
(みんなでひこうきに名前を書いて飛ばしっこしたっけ)
はなきちゃんが「ゾラゾラ号」、ゆうちゃんは「あげは号」、あかりちゃんは「かわせみ号号」と名前を書きました。
モモちゃんは白のおり紙でつくったので、「かぜしろ号」と書きました。
あかりちゃんちの広いリビングで、どのひこうきが長く飛んだか競争しました。廊下まで飛んだり、ピアノの上にのったり、すぐ落ちたのもありました。いろんなことを思い出します。
今、手の上の紙ひこうきはクシャクシャになっていました。
モモちゃんはていねいにしわをのばします。
そして、飛ばしてみました。
「とべ!かぜしろ号」
かぜしろ号は、少し飛んでから、すっと落ちてしまいました。
モモちゃんはあきらめません。アイロンをかけるようにすみずみまで指の先でしっかりとのばしました。
「よし」
モモちゃんは、ひこうきを高くかかげて走ります。
「そーれ、かぜしろ号」
空高くにむけて放ちました。
かぜしろ号はぐんぐん高く飛んで、林の奥へはいっていきました。
モモちゃんはあわてておいかけました。きょろきょろみわたしますが見つかりません。
林には、はだかの木々が空にむかってすっくすっくと立っています。
(あれ?)
大きなさくらの木の枝に、白いものがひっかかっていました。
モモちゃんの紙ひこうきでした。
モモちゃんは木に登ります。木のこぶに足をのせて、また次の枝の根元によじ登り、時々、ずるずるっとすべったりしながら、やっとのことで、紙ひこうきに手が届きました。
そっと紙ひこうきをつかみます。どこもやぶれていませんでした。ほっとしながら左手にのせました。
「ノッテ、ノッテ、モモチャン」
紙ひこうきが小さい声でいいました。
モモちゃんはびっくりして、紙ひこうきを見つめます。
紙ひこうきは、ゆさゆさっと体をゆらすと、うきあがりました。すると、みるみるうちに、お風呂場のバスマットに描いてある絵のひこうきくらいの大きさになりました。
「ハヤク、ノッテ」
モモちゃんの体がふわりとうきあがり、あっというまに、ひこうきにのっていました。
「イイ?シュッパーツ」
ひこうきは、そういうと飛びはじめました。
(どうして?なんで?)
考えてもわかりません。
「シッカリツカマッテテ」
モモちゃんはもう考えるのをやめました。
すごい風です。でも少し飛ぶとなれました。
下に畑が見えます。池も家も、パパがのりおりする駅も。おもちゃみたいに小さく見えます。
冷たい風が顔にぴしぴしあたります。どこまでも真っ青な空が広がっています。
大きく息をすいこみました。心がぐーんと広がっていくようです。わらいがこみあげます。
はなきちゃんやゆうちゃん、ママたちが楽しくおしゃべりしていることなんか、どうでもいいことに思えてきました。
ひこうきは、青空をきりさき、ぐんぐん飛んでいきます。どのくらい飛んだでしょうか。
「ガタン」
モモちゃんの体がゆれて、前につんのめりました。
見ると、ひこうきが下を向いています。
「あっ、たいへん、左のつばさがおれてる!どうしよう」
ひこうきは、左にかたむきながら落ちていきます。
「こわいよう」
モモちゃんは、さけびながら、体をおりたたみ、ひこうきにしがみつきました。
下の木々がだんだん大きくせまってきます。
「死んじゃう、助けて!」
モモちゃんは、目をつむり、胸のペンダントをぎゅっとにぎりしめます。
「ドン」
体ごとどこかになげだされました。あまりのいたさに、頭がぼうっとしました。
モモちゃんは、そのまま死んだように、はらばいになっていました。
どのくらいそうしていたでしょうか。
やっとのことで、両手をついて、首をもちあげ、そっと目をあけました。
そこは、見たこともない場所でした。
うっそうとしげった森の中。木々の間に、オレンジや赤色、黄色や緑色の大きな果物がたわわにぶら下がっています。
色とりどりの原色の花も咲いています。シダや肉厚の葉っぱが地面いっぱいをおおっていて、そこにモモちゃんは、たおれていました。
じっとりした空気、草や花のにおいがたちこめています。まるで温室の植物園にはいったみたいでした。
体のあちこちが痛みます。見ると、ジーパンの右のひざのところがやぶれて、血がでていました。両足が自分のものでないように、こわばってうまく動かせません。
その時でした。
「ウオーン」「ガアアオ」
動物の鳴き声がかすかに聞こえました。
モモちゃんは、痛いのも忘れて、体を起こして、目をこらしました。
木々のすきまから、なにかがじっとこちらを見つめているような気配がしました。
(あっ、ここは、ジャングル。熱帯のジャングルだ)
あのうなりごえはトラやライオンかもしれません。
(はやくにげなくちゃ)
あせって、たちあがろうとしますが、足に力がはいりません。へなへなとすわりこんでしまいました。
動物たちのうなり声が、だんだん近づいて
きます。
モモちゃんは、つばをのみこみながら、首からぶらさげた木彫りのペンダントをにぎりしめました。
「ガサッ」
モモちゃんのすぐうしろで、なにかが動きました。首すじに熱い鼻息がかかります。
「だれか、助けて!」
モモちゃんは大声でさけびました。