図書館のドアを開けると、すぐ右手に書架とは別に、本の紹介コーナーがある。さまざまな賞の受賞作
や、作者の紹介記事などが展示されていて、読書への道標の役割を果たしている。その一角に<イチオ
シの本>というコーナーがあり、『幸福な食卓』があった。
瀬尾まいこという作者とは初対面だ。主人公の佐和子による一人称で中3から高1までの約2年間の日
々が描かれている。さりげない飄々とした文体だが、内容はかなりシビアに進んでいく。「父さんは今日
で父さんを辞めようと思う」春休み最後の朝の食卓で、中学校教師の父親が宣言することから物語が展
開していく。数年前に自殺をはかり未遂に終った父、そのことがきっかけで母親は家を出て、以来父と兄
の直との三人暮らしが続いているが、一人ひとりは優しく、互いを思いやっている。朝食を家族そろって
食べるというのが、この家の鉄則だった。病気でも、行事があっても、必ず家族四人揃って食事をとり、そ
の席でなんでも話をしてきた。兄の直が大学進学をやめると言ったときも、母が家を出ることを決めたこと
も、朝食の席で佐和子は知った。直は、無農薬野菜を作る農業団体で働き、おいしくて安全な野菜を提
供してくれる。学校時代の成績も音楽以外は抜群で、人間関係もそつなくこなす直だが、十年来続けて
いるギターだけは全く上達しないが気にする様子もない。梅雨の季節になると体調を崩す佐和子だが、
入学した高校でも、学級委員のくじを引き当ててしまい、クラスの女子のなかで浮いた存在となり、何事
もスムーズに運ばない。そんな佐和子を励ますのが、中学時代から付き合っている大浦の存在である。
さなざまなエピソードがちりばめられているが、裕福な家庭に育つ大浦は、佐和子に自分の働いたお金
でクリスマスプレゼントを贈るために、新聞配達のアルバイトを始め、佐和子は彼のために毛糸のマフラ
ーを編む。しかし、大浦はクリスマスイブの12月24日配達の途中で、車に轢かれて即死という事態となる
。佐和子の悲嘆は読むだけでも辛い。大浦の母から届けられたプレゼントは、素晴らしいマフラーだった
。落ち込んだ佐和子の立ち直りのきっかけとなったのは、直のガールフレンドの小林ヨシ子だった。がさ
つなヨシ子にずっと違和感を抱き続けていた佐和子だったが、飾り気のないヨシ子の言葉は、手作りの
シュークリームとともに素直に受け入れることができた。佐和子からのプレゼントの筈だった手編みのマ
フラーは、大浦の家を訪れたとき、彼の母によって弟に手渡される。それまでの全てから降りると宣言し
た父は、予備校の講師として働き始め、母も家に戻ってくる。表面的には元通りのようだが、佐和子の喪
失感はまだまだ続いていくのだろう。
それでも、食卓は幸福であってほしい、そんなことを思いながら、ページを閉じた。
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