全国津々浦々の温泉を巡って書かれたこの紀行文が最初に出版されたのは、巻末の解説によれば
大正7年(1918年・博文館発行)で、今から94年前に遡る。
国語の文学史に出てきた田山花袋は自然主義文学の草分け的存在で、「田舎教師」「蒲団」などが記
憶にあるが、それ以外にこのような紀行文が旅行案内書として当時の人々に広く読まれ、版を重ねてい
たことは驚きだった。
花袋はよほどの温泉好きだったのだろうか。105章にわたる出向いた温泉宿と、それを取り巻く温泉街
について、著者の感想がありのままに述べられている。もちろん、約1世紀を隔てた現在とは、趣も価値
観も異なり、旅行案内書として利用することは出来ないが、花袋のざっくばらんな物言いのなかに、その
違いを味わうのも面白いかもしれない。
最終の105章は「満鮮の温泉」と題して、当時日本が支配していた満州(中国東北部)と、植民地だった朝鮮半
島の温泉について触れている。改めて、時代背景を考えさせられたことだった。
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