人は、人生の少なからぬ時間を飲食に費やしている。誰でも、多かれ少なかれ好き嫌いはあるが、
食べること自体が嫌いな人というのは先ずいないだろう。この小説は、胃にしっかりした歯でもは
えているのかと思われる役者の卵の四方景子という二十代の女性と四十五歳の始(はじめ)との二
年間の交際を描いている、いわば淡い恋愛小説と言えるかもしれない。
年末、京のおけら詣りでの出会いから始まって、第一章の「おせち」から十四章の「大味小味」
まで、ひたすら食べ歩きの場面でストーリーが展開していく。彼女の見事な食べっぷりとともに、
その時どきに出会う人々との交流のなかで、始が景子に魅かれていくプロセスが気持ちよく描かれ
ている。
読み進むなかで、読者もおいしい料理を味わっていく心地よさを共有できるだろう。十五章の
「かわりめ」、最終章の『鼠六匹』で、軽やかな大団円を迎えるが、そこには作者のユーモラスな
落ちも準備されていて結末を楽しむこともできるし、京言葉の会話に登場人物の人となりが味わえ
るのも魅力の一つであろう。
作者の今江祥智について言えば、処女作の『山の向こうは青い海だった』以来、代表作の
『ぼんぼん』『兄貴』等、児童文学の世界で常に新しい世界を切り拓いてきた。この一作は、
そんな作家の肩の力を抜いた読み物として読者を楽しませてくれるだろう。