|
|
|
今回の話。
パパは自分の手をシュウの手にそっとかさねた。 「ごめんな、びっくりさせて。順番に話すから、最後まで聞いてくれるか」 シュウはパパの横顔から目をそらすと、目の前に広がる海を見た。そのほうが落ち着いて聞けると 思ったから。 「実はね、1年前から真剣に考えていたんだよ。パパとシュウのこれからのこと。もちろんママの こともだよ。ママが突然の病気で倒れたときは、ただただおろおろしてた。きっと助かると信じてい たよ。でも、医師からもう意識は戻らない、ただ眠り続けるだけだと宣告されても信じられなかった さ。 でもね、やっぱり、これが現実なんだと思うようになったんだよ。辛くて悲しくて、神様なんかい ないと思っても現実からのがれることはできない。 受け入れるしかないんだ。もう過去には戻れないんだ‥‥‥。パパとシュウのこれからのこと、将 来の生活を考えなきゃ。 いつまでも、今のような暮らしをしてていいのだろうか。パパもシュウも生きていかなきゃ、幸せ になることがママの願いだと思う。 2年もシュウをおじいさん、おばあさんに預けたけど、これしかなかった、あのときはね‥‥‥」 「ぼくは、ママを待ってる。だから、パパは心配しないで」 「シュウ、パパと暮らしたくないのか? おじいさんやおばあさんと一緒のほうがいいのか?パパ は会社を辞めてここにこようと決心したのに・・・・新しい出発をしたくてね。そのほうがシュウに とってもいいと思ったからなんだ」 シュウはうまく自分の気持ちがいえない。言葉で表せない。はがゆかった。 「ママはどうなるの?パパはもうママのことあきらめちゃったの‥‥‥かわいそうだよ。そんなの‥‥‥」 「あきらめたんじゃない。新しく出発するには、今を大切にシュウとの暮らしをしなければいけな いんだ」 シュウの鼻に磯の香りがいっぱいはいりこむ。胸がいっぱいになる。海も遠くの船も形がぼやける。 「シュウが喜んでくれるとばかり思ってた。パパがくるって。ばんざいって」 パパは目を細めてシュウの顔を見た。 (うれしいよ、パパと一緒に住めるなんて。でもさ、それって、もうママと3人の暮らしをあきら めてということでしょ。新しい出発ってなに?ママは死んでいないのに。体はあったかだよ。生きて るのに‥‥‥) パパはシュウを抱き寄せた。シュウはあばれたかった。のがれたかった。だけど、ここは海の中の 岩の上。シュウはバンバンとパパの胸をたたいた。本当はパパでなく理不尽ななにかを思いっきりた たきたかった。
|
|
これまでの話。
「シュウ、今から出かけるよ。おいで」 おばあさんは、居間にはいるなりいった。シュウといっしょにテレビを見ていたおじいさんが、 メガネをとった。 「こんな時間にどこさいくんだ」 「あかりの林だ。雨がやんだし、見えるかもしれん」 「村の者、みんないっとたぞ。今年はだめだって」 おばあさんはおじいさんの声を背に、シュウの肩をおした。外はもう真っ暗。おばあさんは、小 さなワゴン車に乗り込むとエンジンをかけた。 「おばあさん、あかりの林って、なにがあるの?」 シュウはきいた。 「それは、あとのお楽しみだ」 シュウはもう黙ったまま車の外をながめていた。桜並木の道の両側に、ぽつぽつと明かりが見え る。ペンションや民宿のからもれる灯だ。夜8時をすぎたこのあたりは静かだ。人も車も見えな い。 2年前の春、満開の桜並木の下、パパの車に乗せられて、シュウはおばあさんの家にやってき た。6歳だったシュウは、あの時の混乱した気持ちが今でも忘れられない。 やがて車は舗装されていない細い道に入っていった。暗がりの中、車のライトに田んぼや畑が照 らされる。なおも走ると右も左も林がせまってきた。道は行き止まりだった。おばあさんは、車を 止めて、外に出た。懐中電灯をつけて、シュウを車から降ろした。 「気をつけてな。わさび田の水に落ちんように」 林の前に細いせせらぎがあった。さらさらというかすかな水音がした。黒々とした林に目をこら していたおばあさんがちいさな声をあげた。 「ほれ、あそこ、あ、あっちにも、いた、いた」 シュウはおばあさんの指さすほうを見た。 林の中から、丸い小さな光が飛んだ。一つ、二つ、三つ・・・・。ゆるやかに舞うように。 ぽっ、ぽっ、ほっ、ほたるは、林の中からシュウとおばあさんを見に来たように次々にあらわれ る。光の帯がすっと流れる。 おばあさんは懐中電灯を消した。林やわさび田のひそかな息使い。そしてほたる。ちがう世界に はいりこんだような気がした。 「おかあさん」 シュウはこころの中でさけんだ。涙があふれた。でもおばあさんになんか見せたくなかった。暗 がりがうれしかった。 「シュウ、おかあさんの病気はもう治らないのよ。おばあさんに面倒をみてもらうよりしかたな いの、ね、わかって」 ほたるは、遊ぼうよというように、おばあさんやシュウに近づいてきた。消えては灯るひかり を、シュウは見続けた。 |
|
計を見ると8時だ。 (しまった、寝過ごした。夏休みの計画表では6時半に起きるはずだったのに。しかもきょうは夏 休み初めの日だ) 急いで着替えると、台所へ行った。おじいさんが大根や人参を洗っていた。シュウを見るとその手 を止めていった。 「おお、起きたか。子供はええなあ、暑くても、お日様が昇っても目がさめんで」 「おばあさんは?」 「ゆうべ、いっとたろうが。今日はお客が2家族もくるって。市場へ魚をしいれにいっとる。シュ ウもばあさんについていくはずじゃなかったか」 シュウははっきりと思い出した。おばあさんと約束したのに、寝坊してしまった。でも、市場へ行 こうといったのは、おばあさんだ。シュウはほんとうは市場なんかどうでもよかったのに、おばあさ んにいわれると、さからえないのだった。 「はよ、ご飯たべろ」 おじいさんがいった。シュウは顔を洗うと自分でご飯と味噌汁をよそってテーブルについた。納豆 と鯵の干物、キュウリやナスの漬物が置いてある。2年前、ママと暮らしていたときは毎朝パンだっ た。今では毎日ご飯だ。 シュウが食べ終わったとき、軽トラの止まる音がした。おばあさんが発泡スチロールの箱をかかえ て帰ってきた。ちらっとシュウを見る。 「今日はお客が7人もくるでな。騒いだりしないんだよ。7人もくるなんて、めったにあること じゃないから」 「うん、わかってる」 春も冬も去年の夏も宿泊客がきた。ほんのわずかだけど。そんな日はおばあさんは市場へ魚や野菜 を仕入れに行き、おじいさんは台所で腕をふるう。 「シュウ、客室の掃除をするよ。バケツに水くんで」 シュウはおばあさんのあとについて2階へあがる。おばあさんは掃除機をかけ、シュウは床の間や 廊下をふく。客室といっても2部屋だけ。すぐ終わる。 「おばあさん、お客さんは大人だけ?子供もくるの?」 シュウがきくと、おばあさんは座卓を並べる手を休めずにいった。 「大人が4人、小学生の子が二人、あと、幼稚園だったか一人だ、たしか。シュウはいつっも聞く ねえ。なんでかねえ」 「わからないよ・・・そんなこと」 2階の窓から見下ろすと看板が見えた。 「民宿 林」ぶっきらぼうに黒だけでかかれた板の看板、おばあさんみたいだと、シュウは思っ た。そして頬骨の高いおばあさんの日に焼けた顔を見る。 (パパとちっとも似ていない。性格も顔も・・・) 「シュウ、ぼっとしてないで、ほれ、手を動かしな」 シュウはいそいでぞうきんをしぼった。 掃除の手伝いがすむと、夏休みの宿題を少しやった。 早めの昼ごはんのそうめんを食べると、おばあさんは、おじいさんの料理を手伝った。おじいさん は、おばあさんが仕入れた魚を三枚におろして、刺身を作り青い大皿に盛り付ける。大葉や菊の花を 飾り、大根のツマをそえる。きれいだとシュウは思う。 外で車の止まる音がして、子供の声がした。 「ママ、ほんと、ここなの? 間違えたんじゃない?だってさ、ホテルじゃないよ、ここ。それに 海まで、歩いていけないじゃん」 「ここしかなかったのよ。きゅうに予約したから」大人の声が答えた。 おばあさんは、ゆっくり と玄関へ歩いて行った。 |
|
「ようこそ、お待ちしてましたよ。さあさ、中へはいってください」 おばあさんがいった。シュウは台所と廊下を仕切るのれんの間からそっとのぞいた。パパくらいの 男の人が2人、ママくらいの女の人が2人、小学校4年くらいの女の子が一人、シュウくらいの男の 子が一人、あと幼稚園くらいの男の子が一人。玄関でくつをぬいでおばあさんの案内で2階へあがっ ていった。 「暑いよー、ママー。おなかすいたよー」 幼稚園の子供のかんだかい声が下までひびく。 おばあさんが下りてきた。 「おじいさん、スイカを切っとくれ」 おじいさんは大きい冷蔵庫からスイカをとりだすと、まな板の上にのせた。包丁をあてると、パリ パリッと音がしてふたつにわれる。中から真っ赤な身と黒い種があらわれた。 「こりゃ、うまいぞ」 おじいさんは器用に山型にきりわけて真っ白な大皿にもる。おばあさんがそれを持って、上にあ がった。 「シュウもたべろ」 シュウは冷たくひえたスイカをほおばった。ママはスイカがきらいだった。だから東京の家では、 ほとんど食べた記憶がない。 いつのまにかおばあさんも2階からおりてきてスイカを食べた。 「まったく、いまどきの子供にはあきれるねえ。スイカを食べるのにスプーンがほしいだとさ。ス イカはかぶりついて食べてこそうまいのに」 シュウはだまっていた。おばあさんは2年前のこと覚えてると思った。シュウがスイカをスプーン ですこしずつ食べていたことを。 子供たちが2階からおりてきた。 「つまんない、今日は海へいかないんだって。ここはテーマパークもないしさ、なにして遊べって いうの」 女の子が口をとがらせた。 「セミつかまえにいこうか」 シュウくらいの男の子がサンダルをはきながらいった。 「ヨウスケ、セミなんかドーナツ池公園の木にいっぱいいるでしょ」 「でも、つかまえたことないもん。おねえちゃん、ぼく、ヒロくんと行く」 ヨウスケがヒロくんと手をつないだ。 「網も虫かごも持ってきてないじゃん」 女の子がばかにしたようにいった。 「あるよ、ここ」 ヒロくんが玄関の外にたてかけてある虫取り網と虫かごをゆびさす。シュウは思わず台所から飛び 出した。去年、パパが買ってくれた大切な網と虫かごだった。 「だめ、それ、ぼくのだよ」 子供3人がふりむいた。 「ここの家の子?」 女の子がシュウをにらんだ。 |
|
シュウは、民宿「林」に泊まりにきた子供に「ここの子?」ときかれるのがいやだった。パパが一 人で住む東京のマンションが自分のほんとうの家だと、今でも思っている。 おじいさんとおばあさんの家は仮のすまいだ。いつか、またママと3人で東京に帰りたい。だから はっきり返事ができない。 シュウがだまっていると、女の子がいった。 「私達はお客よ。だから、貸してくれてもいいでしょ」 おばあさんが出てきて、シュウに虫取り網と虫かごをもたせていった。 「シュウ、セミのいるところに、みんなを連れてってあげな。シュウはセミつかまえるのうまいだろ」 こどもたちは一瞬シンとなった。みんながおばあさんの顔を見る。おばあさんは子供達をしっかり と見返すとシュウの背中をおした。 シュウは桜並木の道を黙って歩く。うしろから、女の子とヒロくん、ヨウスケがついてくる。3人 ともおばあさんの魔法にかかったように静かだ。横道にそれて雑木林にはいる。 ミーンミーン ジージー シャーシャー さまざまなセミの声が一つになって林をゆるがしている。子供達の顔が輝く。 「すごい、すごい。ねえ、シュウくん、なんていうセミなの?」 急に名前をよばれてびっくりした。 「ミンミンゼミやアブラゼミ、クマゼミの鳴き声だ。ほら、あそこにいるのは、ミンミンゼミ」 シュウが木の幹をゆびさすと、うすい緑色をしたセミが5ひきほど止まっている。 「ヒロくん、つかまえて」ヨウスケがさけんだ。シュウは網をヒロくんにわたした。ヒロくんは そっと、近づきセミにかぶせたが、あっというまに羽をふるわせて飛び立った。 「シュウくん、やって」 ヒロくんが網を手渡した。シュウはちがう木に行って、セミをみつけると慎重に網をかぶせる。 ミーンと鳴いてセミは網の中にはいった。 「すごいね、シュウくん」 「ワーイ、セミだセミだ。ぼくのだよ」 ヨウスケがとびあがってよろこぶ。 「もっと、たくさんつかまえてよ」 ヒロくんがいう。シュウは体が軽くなって、何匹もセミをつかまえた。 「ああ、蚊にさされた。もう帰ろうよ。セミなんてどうせすぐ死ぬのよ。明日の朝にはみんな仰向 けになって死んでるよ、きっと」 女の子が腕や足をぼりぼりかきながらいった。 ふいに、虫かごの中のセミと病院のベッドで目を閉じたままのママが重なる。シュウは虫かごのふ たを乱暴にあけた。セミはあっというまに全部飛び立っていった。 「ばかー、ばかー、民宿の子のばかー」 ヨウスケが足を踏み鳴らして叫んだ。 |
|
その夜、お客に出した夕食はすごかった。刺身のほかに金目鯛の煮付け、酢の物、てんぷら、鯛の かぶら蒸し、ナスのしぎ焼き、しらあえなど、いつもより多かった。 ヨウスケが母親にいったらしい。 「民宿の子がセミを全部にがした」 おばあさんはそれで料理の品数をふやしたのだった。 おばあさんにいつおこられるか、シュウはドキドキしていた。おばあさんもおじいさんもなにもい わない。かえって不安だった。 夕食の後片付けがすむと、おばあさんはテーブルに腰をおろしてお茶を飲んだ。 外では2家族が花火をしている。台所の窓からよく見える。 「シュウくーん、おいでよ。花火だよ」 ヒロくんの声だ。シュウが返事をしないうちにおばあさんがいった。 「いっといで。せっかくさそってくれてるんだから」 シュウは気持ちがゆれる。セミを逃がしたことにヒロくんだけはなにもいわなかった。セミたちが 飛んでいった空を見つめ、それからシュウの顔を見てなにかききたそうに口をあけたが、すぐにつぐ んだ。 ヨウスケとおねえちゃんもいる、そう思うとなかなか立ち上がれない。 「花火は大勢でしたほうが楽しいよ。電気花火は豪華だねえ。きれいだ」 シュウはおばあさんの言葉に誘われるようについと席をたった。 庭の真ん中で花火がはじけた。 「ワー、きれい」 「ほら、ヨウスケ、ヒロくんみたいにもってごらん」 「そうだよ、ちっともこわくなんかないぞ」 「ヨウスケがやらないんなら、わたしがやる」 女の子がヨウスケの手から花火をもぎとると ろうそくの火をつけた。 パチパチ ドーン 大きな音とともに赤、黄、青、緑の光が勢いよく上がって散る。 「おねえちゃんのばか、ばか、ぼくのなのにい」 「泣かないの、今度はママといっしょに線香花火しようか」 もみじの形の火がはじける。暗い中にママの膝に抱かれたヨウスケが浮かび上がる。 シュウは3年前の自分を見ているような錯覚におちいった。 「シュウくんもやって、これ、はい」 ヒロくんが手に大きな筒の花火を持たせてくれた。シュウは花火に点火すると立ち上がった。夜空 に思いっきり高く手をかざす。 パン、パン、シュルルー ひときわ大きく美しい花火が飛び出した。光の粉がふるように暗がりをてらした。 |
|
シュウは早く目がさめた。家族連れのお客があった翌朝はいつもそう。なぜだか、自分でも気に なってしかたがない。 パジャマを着替えると、庭に出た。台所の換気扇はブンブンまわり、干物を焼くにおいや、煮物、 味噌汁などのにおいもしている。 庭にはゆうべした花火の残骸があった。 もえつきた花火を見ていると、ヒロくんがきた。朝日がヒロくんの顔にあたっている。ヒロくんは まぶしそうにまばたきした。 ヒロくんはひとなつっこい目でシュウを見てわらった。 シュウもわらいかえす。てれくさい。なにか、いっぱい話したいことあるのに、なにもでてこな い。 「シュウくんはいいね。いつもセミとりできるし、海にもいけるし」 「・・・・うん、だけど・・・」 「だけど、なあに」 シュウの胸に言葉にならないものがいっぱいあふれてくる。 「ぼくね、本当は・・・・」 そのときだった。 「ヒロくーん」ヨウスケが2階の窓から顔をだした。 「なにしてるの、今いくからね」 すぐにヨウスケがきた。 「花火おもしろかったね。また、家に帰ったらしようよ」 ヨウスケはずっとしゃべっている。朝ごはんの用意ができたのか、2人ともいってしまった。 ご飯のあと、すぐに2家族は車に乗り込んだ。 「どうぞまた来てくださいね。お待ちしていますよ」 おばあさんがおじぎをした。 「お部屋がもうひとつだったけど、お料理はおいしかったわ」 ヨウスケのママがいった。 ヒロくんが車の窓から顔をだした。 「シュウくん、ぼく絵日記かくよ。セミとりの」 あっというまに、朝日を浴びて車は去っていった。シュウは自分とは違う世界の家族を見送った。 おばあさんがいった。 「さあ、シュウも後片付けてつだっておくれ。人は人、自分は自分だよ」 シュウはおばあさんの後から家にはいった。ママはもう話せない、目を開くことさえできない。ど うしてそうなったか、パパから聞いたのにわからない。信じたくなかった。 信じたらもう先がなくなるから。だって、ママの体はあったかいのだもの。 シュウはおばあさんと一緒に部屋の掃除をしながら、頭をふった。窓の外を見る。日がたかくのぼ り初め今日も暑くなりそうだった。ヒロくんはどんな絵日記描を描くのだろう。 シュウはぞうきんをぎゅっとしぼった。 |
|
夕ごはんを食べているときだった。電話がなった。 「民宿 林ですが。ああ、元気にしてるよ」 おばあさんの声が急にそっけなくなる。 パパだ、シュウにはすぐわかる。持っていたおはしを置いて、電話のところへ行く。 「シュウがかわりたいって」 おばあさんはシュウに受話器を渡した。 「パパ、パパ、いつくるの。ええっ?あした?うん、わかった」 シュウはソーダ水の泡がはじけたような気持ちになる。 「ほれ、シュウ、ご飯がまだ残ってるよ、さっさと、食べてしまいなさい」 おばあさんにおこられても平気。パパと、明日会える。それだけでなんでもがまんできる。 シュウはごはんのあと、おじいさんと風呂に入り、さっさと歯をみがき、一番西にある4.5畳の 部屋へいった。布団に入り明日のことを考えた。パパがきたらなにを話そう。どこへつれていっても らおうか・・・・・。クワガタをつかまえに行こうか、海へ行こうか・・・・パパは何日泊まれるの だろう。しまった、きくのを忘れた。たった1日なんてことないよな・・・。 次々考えていたら、目がさえて眠れなくなった。水が飲みたくなった。廊下を通り、台所の前にき たときだった。おじいさんの声がした。 「お前、シュウにちょっときびしすぎるんでないか?あの子の気持ちも考えてやれ。母親がああ なって、父親とも離れてすんで。かわいそうと思わんのか。いくら、気に入らない嫁だったとしても だ」 シュウは立ち止まった。 「リサさんのこととは関係ないよ。わたしはわたしのやりかたでシュウを育てているだけだよ。お じいさんはおじいさんのやりかたでやればいいでないの」 「お前はいつもそうだ、ぴしっと戸を閉めるような言い方をする」 静かになった台所。シュウはそっと足音をしのばせると部屋にもどった。 前もきいたことがあるおじいさんとおばあさんの会話。二人とも、ママのことをよく思っていない ことにシュウはなんとなく気づいていた。 2年前始めてこの家に来た時からだ。シュウは毎日泣き叫んだ。今まではシュウがどんなわがまま をいっても、ママはきいてくれた。きらいな食べ物は食べなくてよかった。 パパは毎日仕事で遅く日曜日しか合えなかった。ママと二人幸せな毎日だった。 シュウは久しぶりに泣いた。タオルケットで涙をぬぐう。かえらない日々を思ってもしかたがな い・・・・・。2年の間に身につけた知恵だった。シュウはため息をつくと、目を閉じた。 |
|
パパがきた。 「シュウに会いたくて車をぶっ飛ばしてきたよ」 そういうと、パパはシュウをがっしりと抱き上げた。 「シュウはパパがくると、幼稚園の子になるなあ。この前よりいちだんと重くなった」 おじいさんがふふとわらう。おばあさんはそ知らぬ顔で玄関の掃除をしていた。 チャーハンの昼ごはんを食べたあと、すぐに出発。海へむかった。パパが海をみたいといったからだ。 おばあさんが水着を持たせてくれたのに、着いたところは大きな岩が立ち並ぶ岬だった。 パパは車から降りると、大きな岩を登ったり下りたり、また岩を超えてどんどん歩く。 「ねえ、どこへ行くの?」 「一番先の岩まで行こう。シュウ、すべらないように気をつけて歩け」 なんだか、いつものパパとちがう。シュウはパパについていった。 岩と岩の間に波がくだける。足をすべらせたら、岩と岩の裂け目にまっさかさまだ。パパは時々後 ろをふりかえっては進む。とうとう、一番さきっぽの岩にたどりついた。波が岩にぶつかりくだけ、 真っ白なしぶきがあがる。でも、巨大な岩なのでしぶきがかかることはない。 「すわろうか」 やっと、パパがこしを下ろした。シュウも平らなところにすわった。 目の前は青い青い海がどこまでも広がっている。海しかない。 「シュウ、おじいさんとおばあさんとうまくやってるか」 「・・・・うん」 「楽しいか?」 「・・・・・・。大丈夫だよ、パパ」 「ごめん、そばにいてやれなくて」 パパは海をみつめていった。色白でやさしい目をしたパパ。パパの声がくだける波の音に消されそ うになる。 「そろそろ考えなきゃと思ってるよ。このままでは不自然だもの」 独り言のようにいう。シュウはだまってパパの横顔を見つめた。パパはそれだけいうと、あごをひ いて、こくんとうなずいた。シュウに話かけるというより、海と話をしているようだった。 いつもとおなじ静かでおだやかなパパだけど、シュウにははいりこめない大人の世界を感じた。 (なにを話すのだろう・・・) シュウは少し緊張する。 「パパはね、ここへもどってこようと思うんだ」 「東京でママと三人ですむんじゃないの?」 シュウはパパの腕をつかむ。パパはシュウの手をそっとなでながらいった。 |