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5月25日 |
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(その1) 電車に乗って、2時間。車窓の景色が変わっていく。はじめはビルや家、ちいさな公園、川や 河川敷。それからしだいにたんぼや畑の面積が広がり、とおくに低い山々が見え始めた。 やがて、電車は丘を登り、窓に深い木々が迫ってきた。 ユウヤは窓枠にほおづえをつき、ぼうと見る。萌え出た緑は5月の午後の太陽に輝き、ユウヤ の目を射る。 (とうとう、外に出た・・・・) 見知らぬ土地ならどこでもよかった。できれば人のいないところ。電車にはもうほとんど人が 乗っていなかった。 無人駅に止まった時だった。ユウヤの耳元でだれかがささやいた。 「降りて、ここで降りて」 ユウヤは、はじかれたように立ち上がり、電車から降りた。うしろをふりかえったが、だれも いない。だけど、そんなことどうでもよかった。改札のない出口には、木でできた切符入れがお いてあった。ユウヤは手持ちの切符では料金がたりないことはわかっていたが、そこにいれた。 ちいさな駅舎も木でできていて、昔は赤かったであろう三角の屋根は色がはげ、古い木がむき だしになっている。駅は何本もの桜の木々に守られるようにひっそりと建っていた。 駅の前には舗装されていない道が東西にまっすぐのびている。また声がした。 「こっちにきて」 ユウヤは西へと歩きはじめた。声の主がだれかなど、気にならなかった。 道にそって、家がポツポツと建っていた。赤や青、茶色などカラフルな屋根が木々の間から見 え隠れしている。 夕暮れの空は光を失い、霧がたちこめてきた。ユウヤはただただ歩いた。ずっと果てまで歩き たかった。歩くことにしか意味がなかった。霧はしだいに深くなり、まるで霧の海を泳いでいる ような、気がした。
突然、霧が生き物のように動き、目の前に家が浮かび上がった。青いとがった屋根に白壁の2 階建て。その壁はツタでびっしりと覆われていて、2階の屋根にまではいのぼろうとしている。 ユウヤはそこにたちつくした。再び、霧が動き、家をかくそうとした。と、どこからともなく 1匹の黒ネコがあらわれた。黒ネコはドアに手をかけてすきまを作り、口でドアをおしあけて、 するりと家の中へ入っていった。 ユウヤもドアの前に立つ。開けようとするのだが、ツタでおおわれたドアはすこししか開かな い。ツタのつるをつかんで力まかせにひっぱった。いやな音とともにツタははがれた。ユウヤは 家の中へはいっていった。 「フッー」敵意にみちたうなり声と同時に、足のすねに痛みがはしった。
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(その2) ユウヤはドアの中に入ると、しゃがみこんだ。腰高の窓から、外の光がわずかにはいりこん で、あたりをぼおっと照らしている。 ユウヤは足のすねを見た。縦3センチくらいのひっかき傷があった。少し血もでている。 じんじんと痛んだが、壁に手をつくと立ち上がった。玄関のたたきから、部屋全体が見渡せた。 うちっぱなしのコンクリ壁に20畳くらいのフローリングの床。床にはダンボール箱がいくつも 散乱し、すみっこのほうに流し台や食器棚があった。 ユウヤはスニーカをぬいで、腰高の窓の下へ行った。のびあがると、両開きの窓を力をこめ て開けた。ここにもツタがはいあがっていたのか、パサッと、ツタの葉の束が落ちた。 家の後ろには、林が絵のように、夕闇に沈んでいた。 ユウヤはどこかに、電気のスイッチがないかさがした。壁づたいに見てまわる。と、ダンボー ルにつまづいてしまった。 「ギャオー、フー、フー」 とつぜん、 ダンボール箱から、黒ネコが飛び出してきた。尾っぽの毛をさかだて、姿勢を低 くして、金色の目でユウヤをにらみ、威嚇した。 「ミャーミャー」 箱の中から、ちいさなたよりない鳴き声がした。毛糸玉みたいな三匹の子ネコが、母親をさが しているのか、もぞもぞと動いている。 (さっき、ぼくの足をひっかいたのは、このネコだ) ユウヤは箱からそっとはなれると、玄関近くの壁にすわった。 おなかはすいていなかったが、のどがかわいた。背負っていたデイパックからペットボトルを だして飲む。ジャンパーを床にしくと、横になった。今日一日の疲れがどっとでた。 ずいぶん歩いた。足の傷も痛む。それが心地よかった。父や母、5年1組のクラスメー ト・・・・みんな遠くへいった。きのうまでのできごとも、何年も前のことのように思われた。 (やっと、逃れた。ぼくにはこれしか方法がなかったもの。ぼくが存在する意味なんてあり?) 1ヶ月も考えた堂々巡りにまたおちいりそうになる。ユウヤはすべてをふりはらうように目を つむった。ネコの親子もしずかだった。そのまま、ユウヤはうとうとした。 どのくらい眠ったのだろう。異様な声にはっと、目をさました。 「はやくー、はやくー」 しわがれて、すすり泣くようなさけび声。ドン、ドン、と戸をたたくような、なにかをうちつ けるような音。 「ウー、ウー、はやくーはやくー」 声はしだいに大きくなる。ユウヤは両腕をきつく組み合わせて、身をかたくした。 |