くぅばーたん 福になる8木の道を行く

 麗さんは、ベンチに座って、新宿の街を眺めた。

 ここは、新宿南口、高島屋デパートと紀伊國屋書店、二つのビルを繋ぐ連絡路。木材で作られ

たロードに木製のベンチが並び、所々に置かれた植木が、自然を表現していた。

 足下を複数の線路が走り、絶え間なく電車が往来する。目の前には、高層ビルの群れが乱立

し、暮れかかった空に、光を放っていた。日が落ちるに従い、電車の光と、ビルの光で、街は生

き生きと輝きを増して行く。

 冬の冷たい風が、吹き去っていった。刺すような傷みが、麗さんの頬に走った。

 人通りは多かったが、人々は足早に行き過ぎ、麗さんは、ポツンと独り。

 デザイン学校時代の友人、多香子さんに誘われて、紀伊國屋書店の七階に有る劇場に芝居を観

に来た麗さんだが、開演時間が迫っているというのに腰が上がらない。

 「ここが都会だよね。こんな街でバリバリ働くのを夢見たのにさ」

 往き去る女性達が、ビルの灯りよりも眩しく感じる。

 「インテリアデザインっていったって、あたしがしているのは、ただの壁紙の張り替え。台所

の修理に、便所の作り直し。才能は花開く前に根腐れして、枯れてしまうわ」

 麗さんは、手に持ったカップからカプチーノを一口すすった。

 「子ども達の世話は、お義母さんが見てくれるし、お義父も退職して時間が出来たんだから‥

‥‥、家庭の事は心配ない」

 麗さんは、サーちゃん、タッ君の顔を思い浮かべ、次に、くぅばーたんと五郎さんを思った。 

 「大志館」で賑やかに、騒々しく過ぎて行く日常。

 「でもね、女の一生、花も実も有る」

 通信販売で買ったジャストフィットとは言いがたいスーツが、田舎臭く感じられて、麗さんは

コートの前を深く合わせた。

 「転職しようかな?うちから新宿は、電車を上手く乗り継げば、二時間ちょっと。通えない距

離じゃないわよね。夕飯は、お義母さんに頼めば、帰りの時間は心配ないし」

 そう思いながら、残りのカプチーノを飲み干した麗さんの肩を、ポンと叩く人が居た。

 「どうしたの?打ち合わせが長引くかもしれないから、客席で合いましょうって約束したで

しょ!先に、劇場に入ってくれればよかったのに」

 芝居に誘ってくれた、多香子さんだ。

 「開演五分前よ、麗!さー走るわよー!」

 人込みを、かき分け走る多香子さんの後を追いながら、講義に遅れそうだと走った学生時代を 

思い出し、麗さんは可笑しかった。

 その足下で、木の道が、ガタガタと音を立てた。