俳句と
のどかに、行こうよ!

 俳句との出会いから

 二十年ほど前になるだろうか。

 ことの起こりは“高麗川作文教室”の主宰だった須藤澄夫氏が「俳句の会を作りませんか? 指導者は私に心当りがあります」と提案したのが発端である。

 「やったことないけど面白そうですね」と、うかうかと乗ったのが今は宇都宮に転居している伊藤久江さんと私だった。

 ちょっとした気紛れだったかもしれない。中学・高校の国語の授業以来、俳句の世界に触れたことはなかった。十七文字で表現する世界なんて、自分には無縁のものだと思っていた。ただ文章を綴るとき、目の前の一瞬の光景を切り取る、そういう視点を持てたらいいだろうな。そんなとりとめのない期待で、かなり気楽に参加したのだった。

 初めての例会で入会の動機を話して以来、須藤さんからは“不純な動機の青山さん”とよくからかわれたものである。回を重ねるごとに“これはエライことになった”というのが実感だった。何かの足しにしよう等という考えが、如何に甘いものだったかを思い知らされるのに、時間はかからなかった。それでも、やめなかったのはどうしてだろう?

 宗匠の落合先生は、そんな不肖の弟子に対しても穏やかに真っ直ぐに向き合ってくださり、清子夫人の句に対する真摯な情熱にはいつも学ぶことが多かった。“出来ない、出来ない”と思いながらもなんとか続けてこられたのは、このお二人と“中の田句会”の和やかで温かい雰囲気があったからだとつくづく思う。

 当初の会員は、落合ご夫妻、須藤さん、伊藤さん、小川さん、小野左衛門さん、今は亡き岡野未枝子さん、真篠くにのさん、青山の九人くらいだったと記憶している。その後、本間利子さん、桐野遼さん、鈴木敏夫さん、中薗道子さん、駒井秀夫さん、秋葉ふじ子さん、小島せつさん、田中康子さん、水村弘さんが入会し、転居・退会等もあるなど何人かの出入りがあって現在の会員は九名である。多過ぎず、少な過ぎず、ちょうど良いバランスを保っていると思う。

 なんでも間際にならないと取りかからないのが昔からの私の悪い癖で(この原稿も二十四日に書いています)、宿題も試験勉強も家事も、切羽詰って慌てふためくのはいつものこと。月に一度の句会がなければ、なかなか歳時記も開かず、句も遥か彼方――。まさに“見れども見えず”を地で行っている状態である。

 そんな私だけれど、俳句に出会って本当に良かったと思うことがある。一つは、季節に敏感になったこと、もう一つは物をよく視るようになったことである。数えればまだまだあるだろうが、吹き抜ける風の気配や、目にする風景、身の周りに起きる出来ごとの佇まい等、季節のめぐりのなかでとらえることが楽しいと思えるようになった。それと、目の前のものを丁寧に見る習慣を身につけていくことの大切さを知ったように思う。じっと見る、目をこらして見ることによって、以前は素通りして見過ごしていたものに心が開かれていくのは嬉しいことである。それが、直接句に結びつくことはなくとも、そうすることで自分の立ち位置が明らかになっていくだろう。それは、宗匠ご夫妻が折にふれて話されるように“日常の暮しを豊かにしていくこと”につながっていくのではないだろうか。

 のどかで楽しい中の田句会だが、時折り研修会に参加すると、さまざまな視点に出会って新鮮な刺激を受け、他流試合の大切さを感じる。ただ、私の場合それが一過性のもので長続きしないのが困ったことではあるが……。

 “不純な動機で入り込んだ領域だが、いつのまにやら俳句の魅力と奥深さにからめとられて、すっかり虜になってしまった。

 老いに向かう日々、気負わずのどかにゆっくりと句に向き合っていけたらと思っている。