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おすすめ12『三十五年前の話』(5)お祭り 筑波の秋も深まった11月の中ごろ、昼ご飯をすませたところに、おきくおばあさんがやって きました。 「なあ、大ちゃんつれてお祭りさ行ってみねえか?仕事さ終えてひまだからよ」 「あら、お祭りってどこですか?」 「ちょっと向こうの方の、八幡さまだよ」 「それだったら、車で行きましょうか?」 そのころ、我が家にはカローラのライトバンがあって、私が運転をして息子の健康診断や、離 れた店の買い物などに使っていました。夫は、まだ運転免許を持っていなかったのです。 「自動車で行くこともなかっぺ。歩いて行けるし」 私は、替えのオムツとミルクを入れた哺乳瓶を手提げ袋に入れると、息子をおんぶしておばあ さんと出かけました。 お祭りなんて久しぶりです。おみこしが出るのかしら?ワタアメやお団子もあるんだろうな。 大輔にはお面を買ってあげようか。 風が冷たいので、ねんねこを着ました。 「こっちの方が近いから、畑道で行くっぺ」 畑を抜けて、林を抜けて、おばあさんはずんずん歩いていきます。筑波おろしは冷たかったけ れど、おぶいひもが肩にくいこんでくるけれど、待っているお祭りのことを思って、私の足は弾 んでいました。 1時間ほどあるいたでしょうか。遠くのほうから、ジーゼルカーの発車する音が聞こえてきま す。 「ちょっとひと休みすっぺか」 林の途切れたところで、おばあさんはそう言うと立ち止まりました。 息子の体温とねんねこで、私は汗びっしょりです。タオルで首すじの汗をふいている私を見 て、おばあさんが笑って言いました。 「やれ、ずいぶん暑そうだこと。ここからはばあちゃんが、大ちゃんさおんぶしてやるっぺか」 「いえいえ、大丈夫です。あと、どれくらいあるんですか?」 「なあに、もう半道は来たから、たいしたことはないからよ」 おばあさんは、自分も手ぬぐいで顔をふきながら、そばの切り株に腰をおろすと、 「やれ、大ちゃんよ。お祭りさ行くッぺなあ。旗さ立ってるど」 と、背中の息子に声をかけています。 「さて、休んだから行くッぺか」 歩き始めると、息子はいつのまにか私の背中でぐっすり眠っています。私の足どりは重くなっ ていました。スタスタ前を歩いていくおばあさんは、遅れそうになる私を励ますように、 「ほれ、こんなにドングリが落ちているや。持って帰って、大ちゃんにコマでも作ってやっぺ」 と、ひとつかみのドングリを前掛けにポケットに入れ、 「いくらか持っていくかや」 と、私の手提げ袋にも入れてくれました。 どこまで行っても畑ばかり、本当にお祭りなんてあるのだろうか。眠りこんでよけいに重く なった背中の息子を揺すりあげながら、私は車で来なかったことを後悔し、うかうかとついてき た自分に腹を立てていました。 それから、どれくらい歩き続けたのでしょう。 「それそれ、そこが八幡さまだど」 ホッとして、おばあさんの指差す方を見ると、林のなかに古い神社がありました。 色のあせて幟り旗が風にはためいています。 おみこしはおろか、屋台のお店もありません。 「ここがお祭り?」 「そうだがや。さあ、お参りしていくっぺ」 私は、石段にへたへたと座りこんでしまいました。 「さあ、くたびれたっぺ。まず、大ちゃんをおろして、オムツ替えてやっぺ」 おばあさんに息子を抱き取ってもらったときの爽快感! 腰から背中にかけて、スーッと風が 吹き渡ったように軽くなりました。石段の下の砂利の上にねんねこを広げ、ぐっしょりぬれたオ ムツを替えて、冷たくなった哺乳瓶のミルクを口に持っていくと、息子はゴクゴク飲んでいま す。 「まず、町場の女子衆(おなごし)にしちゃあよく歩いたこと。帰りはばあちゃんがおぶって いってやるべ」 おばあさんはそう言うと、返事も聞かずに、息子をひょいとおんぶしてくれました。私が、よ ほど疲れた顔をしていたのでしょう。 帰りは、ぬれたオムツで重くなった手提げ袋を持って、トボトボとおばあさんの後から歩いて いきました。 「さあ、こっから上大島だど」 と、言われたときの嬉しさは今も忘れません。 〈こんなお祭りってあり?〉と、何度も胸のなかで繰り返しながら家に帰り着いたのでした。 足の裏にはマメが出来ていました。 夜、仕事から戻った夫に、その日の一部始終を話すと、彼は笑いながら言いました。 「だめだよ。この辺りのちょっとそこまでは、2キロ、3キロ先きなんだから・・・。それ にしても、よく歩いたもんだね」 「しょうがないでしょ。ああなったら歩くしかないんだから」 パンパンに張ったふくらはぎに湿布をしながら、私は深いため息をついたのでした。 |