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この前の読書会のレポートです。
『子供の十字軍』は終わらない
私が初めてこの物語に出会ったのは18年前、40代の後半だった。それ以来何度読
み返したことか。読むたびに胸が痛くなり、粛然とした思いを噛みしめる。
扉にある銅版画の十字架が簡素で美しい。
1939年 ポオランドに
むごたらしいいくさがあった
多くの町や村々が
いちめん荒野原になった
という書き出しで始まる80ページ足らずの1冊で物語られる不条理の世界。
戦火を逃れて歩き続ける50人余りの子どもたちの行程が、ページを繰るたびに
淡々と描写されていく。数ページおきに置かれているシンプルな銅版画は、文章と融
けあってひっそりと佇むように添えられていて哀しく美しい。
登場する子どもたちの固有名詞はないが、むしろそのことが少年や少女の表情に陰
影を与え、十字軍と名づけられた群れを象徴しているように思われる。
道々で起きるさまざまな出来事、他の群れとの戦い、出会った犬との絆、幼い愛、
倒れた仲間の埋葬、道がわからずにひたすら南を目指す子どもたちに、私たちは何を
見るだろう。死んでいく負傷兵に教えられたビルゴライという地に、寒さのなか遂に
たどりつけなかった子どもたち・・・・。
初めから終わりまで、物語は誰を責めることもな。声高なスローガンと無縁の世界
には、ただ子どもたちの悲しみに満ちた必死の眼差しがあるだけだ。そのことが読む
私を揺さぶり、居ても立ってもいられなくさせる。大人ってなんと罪深いのだろう。
十字軍の子どもたちから70年以上過ぎた今、21世紀の社会は本質的になんら変
わってはいない。
昨日も今日も世界の各地で兵士となり、難民となってさまよう子どもたちの表情
が、さまざまなメディアを通して私たちの目の前にあり、ただ「可哀そうに」と溜息
をついているだけの日々・・・・。このままで良い筈はないのに、手をこまねいてい
る大人たち。
「子どもの十字軍」は、今もどこかを歩き続けているのだ。そのことを日々の暮ら
しのなかで問い続けていかねば、と思う。
これほど哀切で美しい物語を、私は他に知らない。
『タイコたたきの夢』は、もう1つの歩いていく物語だが、その内容は『子供の十
字軍』の対極に位置している。ライナー・チム二ク作画、矢川澄子訳で、童話屋から
出ている。
寓意に満ちたこの物語は、ブラックユーモアに縁取られた根底にペシミズムが流れ
ているように思われる。
昔々、城壁に囲まれた平和な町があった。何より立派なのはがまんすること、何よ
りいけないのは人をうらやむことという不文律が人々を支配していたのだ
が・・・・。
あるとき、1人のセムシ男がタイコをたたきながら歌いだす場面から物語が始ま
る。
ゆこう どこかにあるはずだ
もっとよいくに よいくらし
今の生活を守ろうと耳をふさぐ人々を尻目に、タイコをたたく者たちは津波のよう
に広がっていく。4つ穴をあけた角材と袋にひとにぎりの麦を持ち、10人に1人は
スキを、大工だった者はオノを持って、恐ろしいほどの勢いでひたすら前に進んでい
く。陽気な歌声は通り過ぎる町を村を海を席巻し、さまざまな出来事を巻き起こし
て、つむじ風のように歩き続ける光景は壮観である。
歩きに歩いて彼らが最後にたどり着いたのは、皮肉なことに最初に歩き出した町の
城壁の前だった。そしてもうひとつのオチが着いてこの物語は幕を閉じる。
どうぞ、お楽しみあれ。
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