和子の「のどか塾」
のどかに、行こうよ!

おすすめ10 『三十五年前の話』(3)電車に乗ってお買い物

   

 赤ん坊にとってミルクは必需品です。持っていった缶入りの粉ミルクが少なくなっ

たので、そろそろ買っておこうと大家のおばあさんに、薬局がどこにあるか聞きまし

た。

 でも、上大島には薬局がなかったのです。電車で二駅ほど行けばあるとのこと。夫

と相談して、土浦まで出かけることにしました。

 夫の仕事の休みの日、息子をおんぶして上大島の駅に行きました。ガランとして

人っ子一人いません。切符はどうするのか?電車は本当に来るのか?、二人で顔を見

合わせていると、発車時刻の5分前に駅舎の隣にある家から紺色の事務服を着たおば

さんが出てきました。(実は、駅長さんの奥さんだった)

「今度、来るのに乗るのけ?どこまで行くんだや?」

「あのう、土浦まで行きたいんですけど」

「ふーん、町まで使いに行くのけ?」

 そう言いながらニッコリ笑ったおばさんは、駅の事務室に入ると「土浦」と印刷さ

れた切符を2枚、パチンとハサミを入れて渡してくれました。枕木で作ったような頑

丈な改札口を通って待っていると、一両のジーゼルカーがトコトコと(まさにトコト

コという感じ!)ホームに入ってきました。乗ったのは私たちだけ、車内はガラ空き

で10人くらいの乗客の目が、いっせいに私たちを見ています。

 窓ぎわに座って息子をひざに乗せると、向かい側のおばさんが、

「めんこい子だな、どのくらいになるのけ?」

と、話しかけてきました。

「そろそろ三ヶ月になるんですけど」

「ハァ、三月(みつき)にしちゃ、しっかりしてるなあ。名前は?」

「大輔といいます」

「大ちゃんか、いい名前だこと。あんた方、東京から越してきた人たちかいね?」

「ええ、埼玉からですけど」

「埼玉ねえ、ここよりはよほど東京に近いだっぺ。おきくさんちにいるんだってな」

 大家のおばあさんの名前はおきくさん。新しくやってきた私たちのことは、知れ

渡っていたようです。おばさんは、今度は夫に向かって、

「ボーリングの景気はどうかね?」

と、興味津々という顔をしてたずねます。

「ええ、まあ、来たばかりでよくわからないんですけどね。どうなんでしょうね」

 その当時、ボーリングが流行していて、夫は勤務していた会社で作った「筑波スカ

イボール」というボーリング場のマネージャーとして来たのでした。

「おら家の子どもも、よくボーリングに行ってるよ。重たい鉄の玉投げて、どこが面

白いもんだかわからねけど」

「いやあ、やってみればけっこう面白いさ。ゴロゴローンところがった玉が、立って

るやつを倒したときは、気分がいいもんだよ」

 こんどは、いちばん端っこに座っていた若い男の人が笑いながら言いました。

 駅に止まるたびに、乗ってくる人が少しずつ増えてきて、終点の土浦に到着したと

きには、車内はほぼいっぱいになっていました。

45分間、ハラハラドキドキしながらの小さな旅の記憶です。土浦でミルクの他にど

んな買い物をしたのかは、すっかり忘れてしまいました。

 関東鉄道・筑波線、今では廃線になってしまって、バスが走っているそうです。あ

の、単線の線路は、今、どうなっているのでしょう。