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暑い。ともかく暑い。 年々、夏の暑さは厳しくなるが、今年の夏ほど暑い夏はなかった。 暑さは、九月の声を聞いても衰える事無く、台風一過の先週末から、凄さを増して来た。 山の小道を、自転車を押して登る五郎さんの額から汗が噴き出し、滝のようになって流れ落ち ていた。 「この道を登るのも、これが最後かな」 五郎さんは、流れる汗をものともせず、歩みを進めた。 長年勤めた郵便局を、今週限りで退職する事に決めた五郎さんは、長年のお馴染みさんに、お 別れの挨拶回りをしている所だ。 「大志館」の五軒先の「南桑畑郵便局」は、五郎さんの実家でもある。 爺ちゃんの代から続いた郵便局で、姉さんが跡を継いだが、五郎さんも勤めていて、定年した 後も働いていたのだ。 郵便局の二階で生まれて育って、高校生の頃から手伝って………、人生のほとんどを、急便局 で過したのだ。 「郵便局は、民営化になっても、変わりませんよ」 と、利用者の皆さんには説明しているが、変わるだろうと、五郎さんは思っている。 何より「爺ちゃんの郵便局」ではなくなる。 崖の上突き当たりという住所のこの辺りは、若い頃の五郎さんには、辛い配達場所だった。 この通り、夏場は汗だくで登らなければならない道で、冬場は、凍り付いて危険な道になる。 そのせいではないが、今でもここら辺りは、五郎さんが郵便物を届けている。 郵便だけでは無い。ついでに買い物を頼まれたり、薬局に寄って薬を取って来てあげたり、 規則外だが、年金を下ろして届けてあげたりしていたのだ。 突き当たりの家の門の前に自転車を止めると、五郎さんは玄関へ向った。大きな声で、叫びな がら。 「神谷の婆ちゃん、変わり有りませんか?南郵便局の五郎ですよ、ご挨拶に来ました」 その声を聞いて、家の中から、声がした。 「五郎ちゃん、お入りよ」 「おー、五郎坊、待っていたぞ」 「あんたの送別会をするって、皆で待ってたんだよ、お疲れさん」 「崖の上」住人達が、集まっていた。 平均年齢、八十五歳は下らない高齢者達だ。 「あんた、なんで、郵便局辞めるの?」 「えー、もう歳ですし………」 「歳って、幾つになった?五郎坊は」 「六十四歳です、はい」 「なんだろ、まだ六十四か?まだまだ、はなたれ小僧だね。もっとがんばんな!」 そういわれて、五郎さんは、「はい!」と、大きくうなずいた。 郵便は配達出来なくなるが、お使いの手伝いは続けようと、そのとき決めたから。 |