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五郎さんは、夜が明けるのを、待っていた。ベッドの中で、風の音に耳をすましながら。 「五日夜半から六日の早朝にかけて、台風は関東地方に接近し、北上して行くでしょう」とい う天気予報だった。 (裏の畑のトマトときゅうりは、収穫の時期は過ぎた。風で倒れても良しとしよう。 ピーマンとモロッコインゲンの支柱は、補強しておいたから、大丈夫だろう) と、考えて………、五郎さんは頭を振った。 心配なのは、畑の事ではない。 (学校は、休校になるのかな?) 孫達が、強風の中を登校して行くのかと思うと心配だ。加えて、雨もとなると! (皆を、車で送って行こうか?いやいや) そんな過保護な事は、するべきではない。 五郎さんの子どもの頃は、この辺りは一面桑畑で、十一月ともなると、畑一面霜が下り、 懸巣山から吹き下ろす風が身を切るように冷たかった。雨でも降ろうものなら、氷雨だ! (その頃の事を思えば、こんな雨ぐらいな) それにしても、強い降りだ。 (昨日は、大変だっただろうな………) 五郎さんは、隣で眠っている、くぅばーたんに目をやった。 昨日の午後、五郎さんが働いている郵便局に、幼馴染みの千ちゃんがやって来て言った。 「へいへい、午前中いっぱいくーちゃんに付き合わされてしまったよ。オレのこと、運転手代 わりにこき使いやがってさ。相変わらず強いよ、くーちゃんは。鬼婆だね」 と、千兵は、クフクフ嬉しそうに笑った。 「なんでまた、千ちゃんが?」 「台風が来るからさ、カケスニュータウンを見回っておこうと思ってさ、それも社長の仕事だ からさ。そうしたら、さくら保育園から出て来た道を、大きな荷物を担いでよたよた歩いている 婆さんに出くわしてさ。傘もささずに濡れ鼠で、哀れな格好でさ。見ると、くーちゃんでさ。荷 物かと思ったのは孫!これは、見捨ててはおけない、と車に乗せたのさ。お陰で、オレのベンツ のシートはビチャビチャ」 そう話す千ちゃんの鼻が、自慢げに膨らむ。 子どもの頃から嫌っていた千兵の世話にならなければならなかったくぅばーたんの気持ちを考 えると、五郎さんの心が痛んだ。 (くーちゃんも六十四。歳だもんな。孫を背負って、雨の中を歩くのはもう辛い) 五郎さんは、もう一度くぅばーたんを見た。 思い返せば、くぅばーたんの生涯は………。 中学を卒業する間際、親代わりの婆ちゃんが病気で倒れて、その看病のために、折角入った高 校も、行ったり行かなかったりで中退。その後、婆ちゃんを看取り、爺ちゃんを看取り、この 「大志館」を守り、結婚して子どもを三人生み育てて、今又、仕事の忙しい若い者達の手助け で、孫をみて、「大志館」の住人達を家族のように世話をして………。 (それも、もう、くーちゃん一人では無理だ。よし決めたぞ。これからは、手伝うからね) 五郎さんは、今月限りで、「郵便局を辞めよう」と、たった今、心に決めたのだ。 台風は通り過ぎたのか、風が治まってきた。 |