|
|
|
今日の「大志館」は、昨日までとは打って変わって、静まりかえっている。 新学期が始まって、子ども達が学校へ行っちゃったからだ。 大人達は、いつものように勤めに。麗さんは、デザイン事務所へ。美鈴さんは、幼稚園へ。 一也さんは市役所へ。野口さん夫婦と五郎さんはそれぞれの郵便局へ。 フリーな仕事の三人も、今日は珍しく揃って居ない。 正太郎さんは、劇団の地方公演で北海道へ。カメラマンの谷さんは、取材で九州へ。 たいがい家で仕事をしているキーちゃんも、友達のライブの手伝いで大坂へ行った。 「サラちゃんも、留守だし………」 広子さんは、サラちゃんを連れて、両親の住む大分へ里帰りだ。 離婚した事、これから一人でサラちゃんを育てる事、幸せに頑張っている事を報告するために。 シーンと静まりかえった「大志館」に一人いると、武蔵さんの事が思い出される。 八歳のくぅばーたんを置いて、くぅばーたんのパパとママは、ニューヨークへ旅立った。 「画家として成功する」という夢の為に。 「生活が落ち着いたら、必ずくぅばーたんを迎えに来るからね。 それまで、おじいちゃんとおばあちゃんといしょに、「大志館」で待っててくれ」 と、約束して旅立ったパパ。 おじいちゃんもおばあちゃんも、この「大志館」も大好きだったけど、 それよりも好きだったパパ。 生活が落ち着く前に、パパとママは、不仲になってしまって………。 六年目の秋、パパは骨に成って帰って来た。武蔵さんの胸に抱かれて。 武蔵さんは、くぅばーたんのパパの絵描き仲間だった。 それから、四十七年。武蔵さんは「大志館」に住み続けた。 武蔵さんは、繰り返し、親友のショーさん、くぅばーたんのパパの話をした。 「ショーさんは、酒を飲むと『次の絵が売れたら、くぅばーたんを迎えに行くゾー』って、 泣いてね。仲間は皆、くぅばーたんというのは、ショーさんの祖母さんだと思っていたから、 「珍しく祖母さん孝行な人だな」っていってたんだよ。そのくぅばーたんが娘だと知って、皆で 大笑い。ショーさんだけは泣いていたけどね。 今と違って、あの頃のニューヨークは、遠かった。 少し成功して、カルフォルニアに移って、これからという時、ショーさんは病気にかかって…、 家族に、会いたがっていた。家に帰りたがっていた。本当に愛していたんだよ、娘を」と。 くぅばーたんは、お気に入りのマグカップから一口、コーヒーをすする。 「武蔵さんが死んじゃって、もう誰もパパの話をしてくれない。 武蔵さんと一緒に、パパも行っちゃった」 コーヒーのほろ苦い香りに包まれて、 「泣きたくなっちゃったよ、武蔵さん」 と、そっと涙ぐんだ。 |