55話 くぅばーたん33「涼風の中で」

 五月の連休が明けて、「大志館」は、いつもの静けさを取り戻していた。

 「うーん、良い風」

 くぅばーたんは、グリンピースのサヤむきの手を止めて,ふーっと深呼吸。

 沈みがちだった新顔の広子さんに、おあつらえ向きの仕事が見つかって、くぅばーたんもほっ

としている。

 広子さんは、くぅばーたんから給料の前借りをして、サラちゃんを連れて、買い物に行った。 

 廊下の奥から、静かに聞こえてくるピアノの音が、さらに気分をほぐす。

 「キーちゃん、いつの間に,あんなにピアノが上手になったのかしら。素敵な大人が、沢山居

ましたからね、ここには。先生には、事欠かなかったのね」

 特に、くぅばーたんが子どもだった頃の「大志館」は、毎日が縁日の様だった。

 「大志館」が今のように、キッチン・バストイレ付きの3LDKのアパートに改装したのは、

くぅばーたんの3人の子ども達が独立する年頃になった十五年程前で、それ以前は、台所も、お

風呂もトイレも共同で使っているアパートだった。

 何もかもが、臨機応変で、下の廊下には、いつも人がたむろしていた。

 (皆、若かったわねー)

 くぅばーたんの思い出は広がる。

 (高校の美術の先生だった武蔵さんとその教え子の絵描きさん達。武蔵さんの同僚の音楽教師

だった伊藤さん。伊藤さんは、知らない人と友達になる名人で、いつもミュージシャンの卵が集

まっていた。おじいちゃんの英語のお弟子さんの精さんは冒険家で、面白い話と交換にお金を借

りて行ったっけ。でも、皆、精さんが来ると、大喜び!)

 「人が集まるところには、福も集まる。幸せな事ですよ」

 それが、くぅばーたんのおばちゃんの口癖だった。

 皆のために、季節季節の美味しい物を用意して、休む事無く、コマネズミのように動き回って

いたくぅばーたんのおばあちゃん。

 (皆を幸せにしてくれたおばあちゃん。でも、おばあちゃんは、幸せだったかな?)

 くぅばーたんの口から、ため息一つ。

 「どうしたの、くーちゃん、ため息なんてついて」

 そういって、くぅばーたんの肩を叩いたのは、五郎さん。

 「五郎ちゃんこそどうしたの?仕事、早退したの?具合でも悪いの?」

 「いやいや、郵便局の窓から、広子さんがサラちゃんを連れて出かける姿が見えてね

今日は、くーちゃんが一人だと思ったから、弁当を食べに帰って来たんだ」

 「はあー?」

 こんなこと、未だかってなかった。だが………。

 くぅばーたんと五郎さんは、庭の隅にテーブルを出して、風に吹かれてランチだ。

 「いよっ、お二人さん、デートですね」

 キーちゃんが、音楽室から手を振った。