スミレ色の寝巻き

 わたしも、もう六十三歳。
 久しぶりに友だちに会っても、話すことは、健康と病気のことばかりになってきました。
 「私ね、毎年、健康診断だけはを受けることにしていますの。血圧のことも気になりますし、中性脂肪もね。でも、だめ!どんなにお医者様に注意されても、甘いものだけは、やめられませんのよ」とか。
 「ねえ、お聞きになりました?高校の時、バレー部のキャプテンだった吉田さん、入院なさったんですってよ。手術なさったとか、なさるとか……」
 たいがいは、天気の話と同じに、ただの話の種なのですが。
 でも、吉田さんのことは、何日も気掛かりでした。
 吉田さんは、遠く離れた所に住まいなので、私たちは、もう何十年もお会いしたことは有りませんが、年賀状のやり取りは続いている仲です。

 わたしは、「お見舞いに花でも差し上げたい」と思いました。
 花屋さんは、駅前の商店街です。そこで、駅まで行こうと家を出ました。
 が、行く途中、一軒のしゃれた店が目に入りました。
 「あら、こんなところに、お店屋さん?」
 いつも行く図書館の脇を入った所ですが、今まで気がつきませんでした。花屋さんではありませんが、カラフルなお店です。

安らかな眠りを、あなたのために
 

「安らかな眠りを、あなたのために」
 そんな看板を掛けた、寝巻き屋さんでした。
 小さなリボンが可愛いピンクや水色のパジャマ。
 着心地の良さそうなシルクのパジャマ。
 生成りのリネンのパジャマは、男物でしょうか。

 「そうだ、花ではなくて、寝巻きにしましょう」
 わたしは、薄いスミレ色の、フレーヤーが入ったドレスのような寝巻きを吉田さんのために買って、お店から送ってもらうように頼みました。
 それにしても、素敵な寝巻きがいっぱい。
 「わたしも、一枚欲しいな」
 なかの一枚が、私が高校生の時に、家庭科の授業で縫った寝巻きにそっくりだったからです。 スミレ色のギンガムチェックのコットンで、裾にフリルがついていて、襟元に細いレースがついた物です。
 「あの頃、私たちの間で、スミレ色が流行っていたっけ。そういえば、今、吉田さんのために買ったあの寝巻き」
 吉田さんが作った物に似ていました。一番上手に出来ていて、とてもよく似有っていた。
 「素敵!お嫁に行く時に持って行けるね」
 と、皆にはやされて、日焼けした顔を真っ赤にして、照れていた吉田さん。
 わたしはおもわず、思い出し笑いをしてしまいました。
 「他にお気に入りのものが、ございましたか」
 「ええ。でも、持ち合わせが・・・」
 花を買うぐらいしか、わたしはお金を持っていませんでした。
 「お代はおついでの時で構いませんよ」
 と、お店の人は言ってくれたのですが、わたしは、自分の分は買いませんでした。
 しばらくして、吉田さんの娘さんから、悲しい知らせが届きました。

 ステキな寝巻きを、ありがとうございました。
 母は、頂戴した寝巻きを見て、「スミレ色の寝巻き!懐かしいわ」と、とても喜んでいました。子どものようにはしゃいで、「直ぐに着替えさせて」と申しました。
 そして、あの寝巻きを待っていたように、その晩、母は息をひきとりました。
 母は、スミレ色の寝巻きをきて、あの世に旅立って行きました。
 とても安らかな顔でした。
 
 
あれから、図書館へ行く度に探すのですが、あのお店が見つからないんです。
 まるで、キツネにつままれた様な話で………。

 あのとき、わたしも、スミレ色の寝巻きを買っていたら………。

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