105話 くぅばーたん71「劣等感は人を育てる」

 五郎さんは、夕食後のデザートのコーヒーゼリーを一サジすくって口に入れた。

 口の中いっぱいに広がる、コーヒーの香り。

 「美味い!」

 「今話した珈琲屋で買って来たコーヒーよ。アイスコーヒー用のなんですって」

 五郎さんと二人きりの夕食。くぅばーたんは、昨日、真帆ちゃんのママ達にあった話をしたと

ころだ。

 今日は、ター君の熱も下がって、サーちゃんも元気になって、二人とも学校へ行った。

 「病人が居ないと、ずいぶん楽だね」

 五郎さんが、コーヒーゼリーの最後の一サジを名残惜しそうに口に含んだ。

 「その病気の事だけど……」

 くぅばーたんは、五郎さんに話していいものかどうか迷っている。

 「サーちゃんの仮病の事か?」

 「あら、あなたも気づいていた?」

 くぅばーたんは、ほっとして、無性に笑いたくなって、声を立てて笑った。

 「人には、みんな弱点がある。その弱点と向合いながら成長する訳だけど……。どうだね、ひ

とつ、体育の家庭教師を頼んでみては」

 と、五郎さんが、コーヒーゼリーの器をペロリと舐めた。

 「とんでもない、だめよ!」

 くぅばーたんが、きりっと五郎さんをにらんだ。

 「そんなに怒る事は無いだろう。走るのもコツがあるようで、習うと早くなるそうだ」

 「そうじゃないの、ダメなのは、お皿を舐める事」

 「じゃ、いいのかい?家庭教師」

 「いいえ、反対です。あなたもいったでしょ、人は欠点と向合って生きるって。『運動の苦手

な事、勉強の苦手な事、器量の悪い事、スタイルの悪い事、全部、お前は受け入れるしかな

い』って、私のおじいちゃんは言ってました。『劣等感が人を育てる、本当に大切なもを見つけ

るチャンスだ』って」

 「それで、くーちゃんは?」

 「『美味しい物を作って、楽しく食べる!』人になる事にしたの」

 「うん。ぼくは、幸せだ」

 「じゃ、コーヒーゼリー、お代わり出さなくちゃ」

 「もっと幸せだ」

 ごろうさんは、ワハハと笑った。そして、

 「だけど、一度教わるのも良いかもしれないよ、カケッコ。退職金も入った事だし、家庭教

師、頼んであげようよ」

 と、くーちゃんにいった。

 「そんな事に退職金は使いません」

 くぅばーたんは、きっぱりと言った。

 「じゃ、くーちゃんのアメリカ行きのお金から出して上げれば?ぼくは、アメリカに行かなく

ていいから」

 くぅばーたんの目が、まん丸くなった。

 「だれが、アメリカへ行くの?誰がそんなデマを流しているの?私は行きません。誰も行きま

せん。だーれも行かないの!」

 くぅばーたんは、出しかけたコーヒーゼリーを、又、冷蔵庫にしまって怒鳴った。